みすず書房

コワい、キモい、かわいい

生き物を思う気持ちの科学

コワい、キモい、かわいい

私は小学校低学年のころ、夜の暗闇がとにかく怖い子どもでした。夜、部屋の電気を消して布団に入ると、昼間には何とも思わなかった壁のポスターの裏から何かが這い出してきたり、部屋の隅に何かがいるような気がしたりして、なかなか眠れませんでした。隣の姉の部屋から、廊下に少しだけ光が漏れているだけで、ずいぶん安心したことを覚えています。当時の自分と同じくらいの年の私の子はいま、やはり夜の暗闇をとても怖がっています。その姿を見て、自分も同じだったなと思い出しました。

さて、小さな子どもが夜や暗闇を怖がることは、世界中を見渡しても珍しいことではありませんし、そのことに関する科学的な研究も少なくありません。子どもが暗闇を怖がるというのは、事実です。では、その理由はなんなのでしょうか。答え方はいろいろありますが、ここではこの連載でこれまでやってきたように進化の観点から考えてみたいと思います。子どもの多くが暗闇を怖がる性質を持っているのなら、それは進化的に受け継がれてきた性質のはず。であればこの性質は、人類の進化の歴史のなかでなんらかの意味があったからこそ、現在まで受け継がれているのではないか、と考えるのです。

有力な考えのひとつは、「夜の暗闇を恐れる気持ちは、捕食者を避ける機能を果たしていた」というものです。人間は昼行性動物、つまり夜目がきかない動物であるため、夜になると捕食者を検出しにくくなります。この状況では、暗闇を恐れて行動を抑制するような心理的応答が、捕食者を避けるうえで適応的だった可能性があります。とくに子どもは、体が小さく、逃げる力も弱く、危険を判断する経験も十分ではありません。暗闇を怖がり、できるだけ明るい場所(狩猟採集時代では、焚き火のそばでしょうか)や親のそばにとどまり、一人で遠くに行かないことは、かつては命を守る行動だったことでしょう。

この仮説を支持する、ある「恐ろしい」研究があります。これは2011年と比較的最近に、タンザニアの研究グループによって報告されたものです。夜行性の捕食者であるライオンは多くの場合、日没直後の夜に獲物を狙います。この研究では、ライオンが人間を食べた事故の記録と月齢を照合しており、その結果、ライオンが人間を襲う事故が多いのは月が出ていない闇夜であることがわかりました(1)。この研究では、もっぱら狩猟採集で生きていた頃だけでなく、現代でも夜の暗闇は捕食リスクと関係している、ということを示しています。捕食者の密度が現在よりもはるかに高かった狩猟採集時代には夜の暗闇はより危険だったと考えられます。そして、その危険性は、身を守るすべの少ない子どもほど大きかったでしょう。それゆえ暗闇を特に怖がる子どもは、あまり怖がらない子どもよりも生きのびやすかったはずです。このようなわけで、特に子ども時代に「暗闇を怖がる」という心理的反応が、進化の歴史のなかで受け継がれてきた、と考えることができます。

ここで紹介した暗闇に対する恐怖のように、人間の心は自然に対してある程度共通する反応を備えています。緑を見るとほっとする。水辺に惹かれる。かわいい動物に親しみを感じる。その一方で、暗い森を怖がり、ヘビやクモを恐れ、虫や腐敗したものを気味悪く感じることもあります。私は、そうした自然への気持ちが「なぜ」生まれたのかについて、強い関心を持って研究を重ねてきました。

これは、私自身の経験にも重なります。暗闇を怖がっていた深野少年は、なぜ自分はこんなに暗闇が怖いのだろうと、子どもなりに考えていました。もちろん当時は、進化や適応といった言葉を知りませんでした。それでも、暗い場所では周りが見えず、危ないものに気づけないから怖いと感じるように「なっている」のかもしれない、とか、昔の人にとっては、そういう怖さがケモノに食べられないために必要だったのかもしれない、といったことを、ぼんやりと考えていた記憶があります。そう考えたからといって、暗闇が怖くなくなったわけではありません。怖いものは怖いままでした。それでも、その怖さがただの弱さや変な癖ではなく、何かしら生物として意味のある反応だと思えたことで、少しだけ「納得」できたのです。

本記事ではこうした「納得」を与えてくれるような、人の気持ちについての進化生物学的な研究を紹介します。ただし、この分野の研究は発展途上で、実証的に確かめられた結論というより、仮説の提案と検証の最中のものが多いことを、最初にお断りしておきます。

このような「納得」は、生物多様性保全にとっても大事なはずです。自然と一口に言っても、人間が好みやすいものと嫌いやすいものがあります。そのような心理的な好みは、魅力的な生物に過剰な投資が集まり、嫌われる生物は保全事業から無視されるというような形で、生物多様性保全のありかたに影響します。私たちの心の偏りを知ることができれば、保全の偏りの理由を突き止め、効果的な対策につながるのではないか、と私は思います。

気持ちは遺伝子で決まるのか

「その生物のその反応は、進化の影響を受けている」と言うと、「すべては遺伝子で決まるのだ」という意味に受け取られることがありますが、その受け取り方は間違いです。心理に限らず、行動、生理、形態など、生物の多くの形質は、遺伝要因と環境要因の相互作用によって生まれます。このことはよく、G×Eという形、つまり遺伝子(Genes)と環境(Environment)の掛け算として表現されます。形質は、遺伝子だけで決まるわけでも、環境だけで決まるわけでもないのです。

これは、ヒトの肌の色で考えると理解しやすいでしょう。肌の色には、メラニンの量や種類に関わる多くの遺伝子が関係しています。たとえば、SLC24A5、SLC45A2、MC1Rなどたくさんの遺伝子が、肌の色の違いに関わることが知られています(2)。ですが、同じ人でも日差しを多く浴びれば日焼けするので、生活環境や紫外線への曝露度合によって肌の色は変化します。つまり、肌の色という一見わかりやすい形質でさえ、多数の遺伝子と環境が関わり合って形づくられているのです。

心理的な形質も同じです。たとえば、暗闇を怖がるという反応にも、ひとつの「暗闇恐怖遺伝子」があるわけではありません。多くの遺伝子が、脳や神経系、感覚、情動の発達に関わり、それらが成長過程の環境経験と相互作用することで、暗闇への感じ方が形づくられると考える必要があります。したがって、「暗闇への恐怖は進化の影響を受けている」という考えは、「暗闇を怖がるかどうかは遺伝子で決まっている」という意味ではないのです。正しくは、「長い進化の歴史の中で、暗闇に対して警戒しやすい心の仕組みが形成され、それが個人の発達や経験、文化的な環境の中で、さまざまな形で現れてくる可能性がある」という意味なのです。

気持ちを理解するための「枠組み」

自然に対する気持ちや価値観は、多種多様です。すべてを一緒くたに捉えると収拾がつかなくなってしまうので、ここでは、気持ちを大きく四つの層に分けて捉える枠組みを使ってみます(図1)。この枠組みは、自然に対する気持ちと、進化や環境との関係を理解するうえで便利です。

まず一つめの層は、注意や知覚に関わるものです。たとえば、ヘビにすぐ気づく、植物よりも動物に目が向く、顔や目のような形に反応する、といった反応です。これらは、かなり即時的で、無意識的に起こる反応だと言えます。二つめの層は、感情や情動に関わる層です。大型動物やその唸り声、そして暗闇に恐怖し心拍数が上がる、排泄物や腐敗したものを嫌悪し目をそらす、動物の赤ちゃんに親しみをもち笑顔になる、緑や水辺を見て安心しストレスが下がる、といった反応です。自然に対する「好き」「怖い」「気持ち悪い」「落ち着く」といった感情は、この層に含まれます。三つめの層は、認知や意味づけに関わる層です。たとえば、自然と人工物を区別する、在来種と外来種を分けて考える、ある景観を「自然だ」と感じる、逆に「不自然だ」と感じる、といった捉え方です。また、「自然なものはよいものだ」「人間の手が入ると自然ではない」といった考え方も、ここに含まれます。最後の四つめの層は、文化や価値観に関わる層です。宗教的な自然観、山や森を神聖なものとみなす感覚、里山や原風景への愛着などです。これは個人の心の中だけで生まれるものではなく、家庭、学校、地域、宗教、メディア、制度などを通じて、社会の中で受け継がれていくものです。

図1 自然に対する気持ちや自然観を四つの層に分け、その形成に対して、遺伝の要素と環境の要素がどのように影響するかを考える。

この枠組みは、心理学における態度の三成分モデル(認知・感情・行動を分けて考える枠組み)(3)を参考に、自然に対する気持ちや価値観を整理するために、私なりに組み替えたものです。この図で下にある層ほど、環境の影響が小さく遺伝子の影響の大きい、生物学的な反応(即時的で無意識な反応)であり、上のほうにある層ほど環境(学習や経験)が大きく影響する反応として捉えることができます。

この枠組みが重要なのは、気持ちを進化的に考える際の指針となるためです。図で下層にあるものほど、G×Eのうち、Gの影響が大きく、進化の考え方で研究しやすい対象だ、というふうに考えることができます(もちろん、「知覚や注意」「感情や情動」のような下のほうに置かれているものでも、進化や遺伝だけで決まっているわけではありませんが)。

たとえば、子どものころに遊んだ裏山に感じる郷愁のような気持ちは、個人の記憶や地域文化と深く結びついていて誰もが普遍的に感じているとは言いがたいため、進化の観点だけから説明するのはむずかしいでしょう。一方で、大型動物への恐怖や、暗闇への警戒、ヘビへのすばやい注意のような反応は、世界中のどこに住んでいても普遍的に見られるものなので、人類の進化の歴史と結びつける意義が大きいと考えられます。そういうわけでここでは、生物学的な要素が大きいと思われる、自然に対する「知覚や注意」「感情や情動」にターゲットを絞って、具体的に考察してみることにします。

コワい動物は、恐ろしくて目が離せない

ある生物を「嫌だ」と感じるネガティブな感情は、大きく分けると二つあります。ひとつは恐怖で、もうひとつは嫌悪です。恐怖は、自分に危害を加えるかもしれない対象に向けられる感情です。一方、嫌悪は、病原体や腐敗、汚れなどを避けるための感情だと考えられます。これらを進化的な観点で考える場合、このようなネガティブな感情にも、それぞれ適応的な意味があったのではないか、あったとしたらそれはなにか、というところから考え始めます。

まずは、恐怖に注目してみます。どのような人でも、恐怖を感じると心拍数が上がり、呼吸が速くなり、筋肉が緊張し、危険な対象に注意が集中するなどの、生理的な反応を起こします(4)。こうした反応は、すばやく逃げたり、ときには身を守るために闘ったりするうえで役に立ちます。またどのような人でも、恐怖を感じやすい生物はある程度共通しています(大型の肉食動物、ヘビ、クモ、サソリ、ハチなどの昆虫類)が、このことに不思議はないでしょう。というのも、強く大きな捕食者や、針やトゲがあり、時には毒も持つような生物にすばやく恐怖を感じ、生理的反応が起き、距離をとることができれば、当然生きのびやすくなるはずだからです。

人間が動物に抱く恐怖心は、さらに深掘りしてみると少し違った側面が見えてきます。というのは、大型肉食獣やヘビなどの「コワい」動物は、恐怖の対象であると同時に、古くから、また世界中で崇拝や畏怖、物語化の対象でもあるのです(5)。そして生物多様性保全の現場でも、大型捕食者を含む大型動物は、シンボル的な種として、集まる寄付金などが多いのです(6)。さらに、自然の脅威は、恐怖というネガティブな感情だけでなく、興奮、関心、魅了といったポジティブな感情も引き起こしうることが報告されています(7)。なぜ人は、危険な動物に魅力を感じることがあるのでしょうか?

進化のレンズを通すと、この疑問にうまい答えがみつかるかもしれません。先史時代から現在にいたるまで、人間にとって、大型肉食獣のような恐怖の対象は、その場から逃げれば安全というわけではありませんでした。なぜなら相手は、人間を食べるために能動的に襲ってくるのです。そのため人間は、危険な相手がどこにいて、どのように動くのかを注意深く見続けなければ、生きのびることはむずかしかったでしょう。したがって人類は、祖先がアフリカの森を出て平原で暮らしはじめてからの数百万年間、危険な動物から距離をとりながらも注意を向け続ける必要がありました。人間が危険な対象を見たとき、恐怖を感じて距離をとることが適応的だったと同時に、その動きを追い続け、記憶し、次に備えるため関心を持ち続けることに関連した感情として、興奮や魅了という気持ちを抱くこともまた、適応的だったのかもしれない、というわけです。

人は、危険な動物に対して恐怖心だけでなく、関心を持ち、興奮し、魅力さえ感じる。そしてその気持ちが保全への支持につながる可能性すらあるのです(8)。その背景には、危険な動物には、危険であるからこそ遠ざけたい、しかし危険であるからこそ見てしまう、語りたくなる、特別な存在として扱いたくなる、というような、二面性があったのかもしれません。一方で、もうひとつのネガティブな感情である嫌悪には、このような二面性はありません。

キモい動物はなぜ嫌われるのか

多くの人は、ゴキブリが好きではなく、嫌悪しています。「嫌悪」という感情は具体的には、「キモい」「触りたくない」「近づきたくない」と感じる気持ちのことです。前節まで見てきた「恐怖」が、襲ってくる動物から逃げたり、身を守ったりするための感情だとすれば、「嫌悪」は、感染症のリスクがあるものを避けるための感情だと考えられています(9)。実際、私たちが強い嫌悪を感じるものを考えてみると、このことはよくわかります。排泄物、死体、腐った食べ物、膿、血液、体液、カビ、悪臭のするもの。こうしたものは、病原体や寄生虫と関わるリスクが高いものです。このことから、嫌悪という感情は、私たちの体を病原体から守るための、いわば心理的な防御システムとして働いてきたと考えられています。襲ってくる危険なものから逃げるために恐怖があるのだとすれば、汚染されているかもしれないものに触れない、食べない、近づかないために嫌悪があるのです。

この嫌悪という感情は、世界の生物多様性保全にとって大きなリスクになっている可能性があります。なぜなら、昆虫、寄生虫、腐敗に関わる生物やコウモリなどの生き物に対して、現代人の多くが強い嫌悪を向けているからです(10)。嫌悪は、恐怖とは少し違います。恐怖の対象は、怖いけれど見てしまう、知りたくなる、語りたくなる、という側面があります。一方で、嫌悪の対象は、基本的には、見たくない、触りたくない、近づきたくない、というとことんネガティブな方向に私たちを動かします。

昆虫、寄生虫、腐敗に関わる生物やコウモリなどは、私たちの社会に膨大な恩恵をもたらしており、その学術的証拠は数多く報告されてきました。たとえば、送粉者(おもに昆虫)に依存する作物の年間市場価値は、世界全体で2350億〜5770億ドルにのぼると推定されています(11)。また、コウモリについても、害虫を食べることによる農業への経済価値は、北米だけで少なくとも年間37億ドルに達するとされています(12)。それにもかかわらず、こうした生き物は、かわいい動物や大型肉食獣に比べて、保全の対象として注目されにくい傾向があります。そこには、単にそれら生物による生態系サービスが知られていないという問題だけでなく、「キモい」というシンプルで強い感情が関わっているのかもしれません。嫌悪というネガティブな感情が、生物多様性保全の優先順位を歪ませている可能性を示しています。

「キモい」とされる生き物はいろいろいますが、私が特に気になるのは、「現代人の虫嫌い」です。人類の歴史を振り返って、大昔に狩猟採集をしていた人たちや、比較的最近の江戸時代に農作業をしていた人たちが、今の私たちのようにゴキブリを見るたびに大騒ぎしていたとは考えにくいです。そんな状態では、自然の中で暮らすことも、農業とともに暮らすこともできなかったはずです。そこで私たちは、この現代的な虫嫌いを、進化の観点から考えてみることにしました。この考えをまとめた学術論文は専門誌に掲載されており(13)、ここではその概要をご紹介します。

私たちははじめに、「都市化」と「人間の気持ち」の組み合わせを手掛かりにして二つの仮説を立てました。一つ目の仮説は、都市化によって、人は室内で虫と出会う機会が増え、虫に強い嫌悪を感じやすくなったのではないか、というものです(仮説1)。これは進化の観点からの予想です。嫌悪はもともと病原体を避けるために進化した心理であり、私たちが食べ、眠り、体を休める生活空間に入り込んだ虫は、体に触れたり口に入ったりして感染のリスクを高めやすいぶん、屋外にいる虫よりも強い嫌悪を引き起こすように心が形づくられていても不思議ではありません。ところが都市化が進むと、屋外で虫と出会う機会は減り、人が虫を見る場所は生活空間に偏っていきます。すると、生活空間を汚す存在として虫に強い嫌悪を覚える経験が、都市以外で暮らす場合よりも増えます。こうして都市の住民ほど、「虫は嫌いだ」と自認するようになるのではないか、と考えたのです。

もうひとつの仮説は、都市化によって、人は本来なら避ける必要のない虫まで嫌うようになったのではないか、というものです(仮説2)。こちらの土台にあるのは、人が未知の危険を避けようとする心理です。これは、人間の意思決定の偏りを説明するエラーマネジメント理論から理解できます。感染症のリスクを見逃すコストは、危険でないものを過剰に避けるコストよりはるかに大きいです(感染症にかかってしまえば、最悪の場合死んでしまうので)。それゆえ私たちの判断は、「よくわからないものは、とりあえず避ける」方向に偏ると予想されるのです。そして都市化によって自然を経験する機会が乏しくなると、虫の種類を見分ける力が下がります。その結果、本当は危険でない虫まで、ひとまとめに「キモい虫」として避けるようになる可能性があるのです。

この二つの仮説を検証するために、私たちは日本全国の約1万3000人を対象に、オンライン実験とアンケート調査を行いました。結果は、私たちの二つの仮説を支持するものでした。まず仮説1を検証するために、同じ虫の画像に対して、室内を背景にした写真と屋外を背景にした写真を合成し、どれくらい嫌悪感があるか評価してもらいました。その結果、同じ虫でも室内を背景にした虫に対して強い嫌悪感が生じました(図2)。さらに、嫌悪感の強い虫ほど、より室内で目にしやすい虫であることも確認しました。

図2 左:同じ虫に対して屋外を背景にした写真(上)と室内を背景にした写真(下)を提示する。右:その結果、同じ虫であっても室内背景の方が嫌悪スコアが高くなった。

次に仮説2を検証するために、回答者の虫を見分ける能力と虫嫌いの関係を調べました。すると、都市化度の高い地域に住む人ほど、自然経験が少なく、虫の識別能力も低い傾向がありました。そして、虫を見分ける力が低い人ほど、本来なら強く嫌悪されにくい虫に対しても、嫌悪を感じやすいことがわかりました(図3)。たとえば、虫を見分けられる人は、ゴキブリは嫌悪する一方で、テントウムシをほとんど嫌悪しませんでした。しかし、虫を見分けられない人にとっては、その違いが弱まり、テントウムシですら強く嫌悪していました。

図3 回答者の虫の識別能力の度合いと、最も嫌われない虫(テントウムシ)と最も嫌われる虫(ゴキブリ)への嫌悪スコアとの関係

これらの結果は、都市住民では屋外で虫と出会う機会が減り、相対的に室内で虫を見る経験が増えることで虫に強い嫌悪を感じてしまうこと(仮説1)、都市住民は虫の種類を見分ける知識に欠け、本来なら避ける必要のない虫まで広く、強く嫌悪の対象にしてしまっていること(仮説2)を示唆しています。「なぜ虫嫌いが多いのだろう?」という単純な疑問が、進化のレンズを通すことで、具体的な検証につながりました。私たちの研究は、病原体を避けるために進化してきた嫌悪の仕組みが、都市化によって強められ、その結果、都市住民で虫嫌いが増加しているという可能性を示しています。

この研究は裏を返せば、虫嫌いを減らす二つの手段も示しています。ひとつは、野外に近い条件で虫を見る機会を増やすこと。もうひとつは、虫の知識を増やし、種類を区別できるようにすることです。「虫はキモい」ではなく、それぞれの虫を違う生き物として見られるようになれば、嫌悪という強い気持ちによって狭まった私たちの生物観を、少しだけ広げられるかもしれません。そしてそれは、嫌われる生物たちの生物多様性保全を、今よりも前進させるかもしれません。

コワい生き物と、キモい生き物。どちらも、自然に対するネガティブな気持ちを引き起こす存在です。しかし、その表れ方はかなり違います。コワい生き物は、遠ざけたい対象であると同時に、畏敬や魅了の対象にもなり、時には保全のシンボルにもなります。一方で、キモい生き物は、ただ嫌われ、見たくないもの、近づきたくないものとして扱われます。進化のレンズを通して、その気持ちの由来を分解すると、この違いが生まれる理由が少し納得できます。もちろん、ここで提示した説明には、まだ十分に検証されていない部分も多くあります。自然に対する気持ちを、進化だけですべて説明できるわけでもありません。それでも、「進化」という視点が、私たちの気持ちを理解するための出発点になることが、少し見えてきたのではないでしょうか。

では次に、自然に対するポジティブな気持ちを、進化のレンズを通して見ていきましょう。

かわいいは、守りたいの入口

日本には、たくさんのゆるキャラがいます。くまモン、ひこにゃん、チーバくん、ふなっしー。自治体にも、企業にも、大学にも、イベントにも、気づけば何かしらのキャラクターがいます。丸い顔、大きな目、小さな手足、少し不器用そうな動き。もちろん、かわいいのはゆるキャラだけではありません。キティちゃんもかわいい。ピカチュウもかわいい。イヌもかわいい。ネコもかわいい。ウサギも、ペンギンも、パンダもかわいい。もちろん人間の赤ちゃんや子どももかわいい。動物園や水族館でも、赤ちゃん動物が生まれると大きなニュースになります。SNSにも、子犬や子猫の動画は驚くほどたくさんあります。

しかし、この「かわいい」という気持ちは、いったい何なのでしょうか。

この感情にかなり早い段階で注目したのが、オーストリア出身の動物行動学者コンラート・ローレンツです。ローレンツは、動物行動学(エソロジー)の創始者のひとりとして知られています。とくに有名なのは、ガンやアヒルのヒナが、生まれてすぐに見た動く対象を親のように追いかける「刷り込み」の研究です(14)

そのローレンツは、かわいいという気持ちの進化的な由来を初めて提案した人物なのです。ローレンツが注目したのは、大きな頭、丸い顔、大きな目、高い額、小さな鼻と口、ふっくらした頬といった、人間にかぎらず多くの動物の赤ちゃんに共通する形態的な特徴です。この一連の幼児的な特徴の組み合わせを、ローレンツは「ベイビースキーマ(ドイツ語でKindchenschema、幼児図式)」と名づけました(15)(16)。私たちはベイビースキーマを備えたものを見ると、「かわいい」と感じ、近づきたい、守りたい、世話をしたいという気持ちになります。

では、なぜこの反応が進化的な由来をもつと言えるのでしょうか。鍵になるのは、動物の赤ちゃんは自分ひとりでは生きていけない存在である、という点です。特に、ヒトの赤ちゃんは、まわりの大人が食べさせ、守り、世話をしなければ育ちません。だとすれば、赤ちゃんに特有の姿を目にしたときに、それをかわいいと感じ、思わず世話をしたくなる心の仕組みをもった親(やその血縁者)ほど、子を無事に育て上げやすかったはずです。こうして、ベイビースキーマに反応して養育行動を引き起こす心の性質が、進化の過程で選ばれ、受け継がれてきたと考えられます。ローレンツはベイビースキーマを、養育行動を引き出すために生まれつき備わった刺激と捉えたのです。この考えを実験的に示した代表的な研究に、ペンシルベニア大学などの研究グループが行った実験があります(17)。この研究では、赤ちゃんの顔画像をコンピューターで加工し、ベイビースキーマの特徴が強い顔、弱い顔を作り、元の顔とあわせて参加者に評価させました。すると参加者たちは、ベイビースキーマの特徴が強い顔ほど「かわいい」と評価し、世話をしたいという気持ちをより強く抱いたのです。つまり、赤ちゃんらしい顔の特徴そのものが、かわいらしさの知覚とケアしたい気持ちを強めることが実験的に示されたのです。

この心理反応は、同種(人間)の血縁者や仲間の子どもの養育・ケア行動に関連して進化したと考えられるものですが、さらに興味深いことに、この反応は同種(人間)の赤ちゃんだけに向けられるわけではないようなのです。

たとえば、人間の赤ちゃん、人間の大人、ネコの顔を、それぞれより幼児的に見えるように加工すると、どの顔も、元のものより「かわいい」と評価されることが示されています(18)。ここからわかるのは、私たちがかわいらしさを感じるかどうかは、対象が人間の赤ちゃんであるかどうかだけではなく、ベイビースキーマの特徴を備えているかどうかに影響を受ける、ということです。言いかえれば、赤ちゃんの世話のために進化したこの心の仕組みは、ベイビースキーマという引き金さえあれば、人間の赤ちゃん以外のものにも反応してしまうのです。実際、ヒト、イヌ、ネコの顔でベイビースキーマの強さを操作した別の研究では、3〜6歳の幼い子どもですら、人間の顔に加えてイヌやネコの顔についても、ベイビースキーマ的特徴が強いものほど「かわいい」と評価し、その特徴に視線を集めることが示されています(19)

この結果は、ベイビースキーマへの反応が人間どうしの関係にとどまらず、私たちとペットとの結びつきにまで広がっていることを示唆しています。だからこそ、愛玩動物の育種でも、幼く見える特徴をもつ個体が好まれてきました。トイプードルやチワワ、ミニチュアダックスフントのような犬種が愛されるのも、小さい、顔が丸い、目が大きいなどといったベイビースキーマ的特徴をもつためだと考えられます。同様の特徴をもつマスコットやアニメのキャラクター(図4)が私たちの心をつかむのも、作り手が意図するかどうかにかかわらず、この同じ仕組みに訴えているからでしょう。

図4 大きく丸い顔、大きな目、高い額、小さな鼻と口、ふっくらした頬、短い手足、丸みを帯びた体というベイビースキーマの特徴を備えた我が家のイヌ(前)と『ポケットモンスター』のキャラクター(後)

「かわいい」という感情は、その進化的由来から見ても、生き物の保護と強い親和性のある気持ちだと言えそうです。実際、かわいらしい動物は人々の関心や保全の支援を集めやすいことが知られています(20)。さらに、かわいらしくキャラクター化された動物も、人々の保全に対する関心を大きく動かすことがあります。

私たちはこのことを、動物園と協力し、いろいろな動物をかわいらしく擬人化したアニメ『けものフレンズ』(放映2017年1~3月)に注目して実証しました(21)。具体的には、Google検索数、Wikipedia閲覧数、動物園への寄付記録をもとに、『けものフレンズ』でキャラクターのモデルとなった動物(絶滅危惧種を多く含む)への関心や保全行動に与える影響を解析しました。解析の結果、『けものフレンズ』の放映後には、アニメに登場した動物のGoogle検索数やWikipedia閲覧数が大きく増加していたことがわかりました(図5)。

図5 『けものフレンズ』に登場した37種の動物の、週当たりの推定検索数の推移(調査期間:2013年9月1日~2018年8月26日)。放送によって検索数が急増している。

それだけでなく、東京都多摩動物公園、東京都恩賜上野動物園、井の頭自然文化園への寄付記録を解析すると、アニメに登場した動物への寄付はアニメ放映後に増えていたのです(図6)。つまり今回調査したデータのうえでは、かわいらしく描かれた動物キャラクターは、その種への関心を高めるだけでなく、寄付という実際の保全行動を促していたのです。

図6 『けものフレンズ』に登場した動物と、登場しなかった動物への寄付の推移。アニメに登場した動物は放映後に寄付件数が増加している。

もちろん、すべての生き物をかわいらしく描けるわけではありませんし、かわいらしさだけに頼った保全には危うさもあります。たとえば、アライグマをかわいらしく描いたアニメ『あらいぐまラスカル』(放映1977年1~12月)の人気は、日本でアライグマをペットとして飼いたいという需要を高めた要因の一つだったと考えられています。作品中ではアライグマを飼育することのむずかしさも描かれていましたが、それもむなしく日本には多くのアライグマが輸入されました。本来、家庭で飼育しやすい動物ではないアライグマは、成長すると気性が荒くなり、飼育がむずかしくなるため、飼いきれなくなった個体が逃げ出したり、放されたりしました。その結果、アライグマは日本各地で野生化し、現在では農作物や在来生態系に被害を与える外来種として深刻な問題になっています。また、ネコ、シカ、クマ、リスなど、かわいらしいイメージをもたれやすい動物では、農業被害や人的被害、生態系への影響が生じていても、防除や個体数管理に対して強い社会的反発が起こる場合があります。そこには、かわいい動物を傷つけたり、殺したりすることへの心理的抵抗感が関わっているのかもしれません。

つまり、「かわいい」は人を生き物へ近づけ守りたくさせる強い力を持っています。しかし、その力は必ずしも生物多様性保全にだけ向かうわけではありません。かわいいから飼いたい、かわいいから触れたい、かわいいから駆除してほしくない、という気持ちは、ときに野生動物の不適切な飼育や外来種問題を引き起こすのです。だからこそ、かわいらしさを保全に生かすためには、その動物を正しく知ること、そして「かわいいけれど、飼うべきではない」「かわいいけれど、野生のまま守るべきだ」「かわいいけれど、必要な駆除もある」という理解とセットにする必要があります。それでも、「かわいい」という感情が、私たちと野生動物の保全をつなぐ強い回路のひとつであることは間違いなさそうです。私は、その起源が私たちの心の深い部分にあると考えて、研究を行っているのです。

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