前編では、人びとが自然にいだく「気持ち」が、環境保全の推進に重要な役割を果たしていることを見てきました。この後編では翻って、「気持ち」が理想的な環境保全を行ううえでの障害となる場合もあることを見ていきます。
愛が保全を偏らせる
自然を大切に思う気持ちは、社会として自然を守るうえで、きわめて強力な原動力です。しかし同時に、大きな問題も抱えています。私たち人類は、あらゆる動植物や自然を平等に愛していません。多くの人々が共通して好ましく思う生物もあれば、ほとんどの人が関心を持たない、あるいは嫌悪さえ感じる生物もあります。このような「好き嫌い」が多くの人に共通していることで、社会全体の自然に対する関わり方が偏ってしまいます。その結果、本来であれば優先的に守られるべき多くの種や生態系が後回しにされ、世界全体の生物多様性保全の取り組みを減速させている可能性があります。
この偏りを数字で突きつけたのが、2025年に米国アカデミー紀要(PNAS)に発表された衝撃的な論文です(1)。この論文では、25年間にわたる14,566件、総額約3,000億円(19億6300万ドル)規模の保全プロジェクトを解析し、保全対象がどれほど偏っているかが明らかにされました。まず、資金の大部分(82.9%)が全ての動植物のうち、哺乳類や鳥類などの脊椎動物に偏って配分されていました。その脊椎動物の中でも、クマ、ゾウ、オオカミといった大きくて人気が高い哺乳類に資金が集中していました。特に、アフリカゾウとアジアゾウのわずか2種だけに、総額100億円を超える保全資金が投じられていました。大きく魅力的な哺乳類の保全が、資金面で圧倒的に優遇されていたのです。
哺乳類や鳥類以外でも、魅力的な動物に資金が集中する状況は同じでした。両生爬虫類の中では、大型で人気のあるカメ類(とくにウミガメ)が90%以上の資金を独占する一方で、多数の絶滅危惧種を含む小さなトカゲ、ヘビ、ヤモリ、カメレオンなどには、ほとんど資金が流れていませんでした。両生爬虫類よりも投資金額が少ないのは、昆虫類や貝類、そして菌類でした。しかも、このわずかな資金の行方も、魅力的な種に偏っています。昆虫類の中ではハナバチやチョウなど人気のある種に偏っており、絶滅危惧種の約半分を占めるバッタやトンボ類は、ほぼ保全資金の恩恵を受けていませんでした。驚くべきなのは、全ての絶滅危惧種のたった6%しか資金的サポートを受けていない一方で、ハイイロオオカミやヒグマなど最も絶滅リスクが「最も低い」軽度懸念カテゴリーの種が、全体の約29%の資金を受け取っているのです。人類社会が保全のために使った膨大な資金は、人間が魅力を感じやすい種が勝ち取ってきたといっても過言ではないかもしれません。
寄付を通じた保全活動には、個人の気持ちの偏りがそのまま反映されます。たとえば、パリ動物園の動物に対する寄付額を解析した研究では、上位5種の寄付総額が下位5種の約17.7倍に達し、絶滅危惧度より“魅力(charisma)”が支援を強く左右していました(2)。同様の研究は多数あり、総じて「かわいらしい」「かっこいい」「人間に近い姿をしている」「体が大きい」といった特徴を持つ動物種ほど、寄付の対象として選ばれやすい傾向が報告されています。
こうしたバイアスからは、研究者も逃れられていません。たとえば、約60年間の鳥類研究の対象種を分析した研究では、視覚的魅力が高い種ほど研究対象として選ばれやすいことが示されています(3)。植物研究でも同様の傾向があり、高山の植物相の研究対象として選ばれやすいのは、生態学的な重要性や希少性よりも、見た目が美しい種であることが多いと報告されています(4)。さらに、そもそも脊椎動物は、植物や微生物、無脊椎動物に比べて生態学研究の対象になりやすく、その成果がトップジャーナルに掲載されやすいということも指摘されています(5)。研究対象にならない種は保全のための基礎データすら得られず、保全の俎上に載ることもありません。
さらに、人間の好き嫌いの偏りは、特定の生物種レベルにとどまりません。より広い空間スケール、すなわち生態系レベルでも明確な好みの差が存在します。それは「緑の生態系」への好みです。たとえば、多くの先進国では、森林生態系が理想の自然として捉えられることが多く、森林を増やす取り組みは歴史的にも現在のネイチャーポジティブの流れのなかでも、多く行われています。日本では、国民的な植樹・緑化運動は1950年代から、企業CSRとしての環境保全や社会貢献としての植林・森づくりは1990年代後半以降に、盛んに行われました。一方で、干潟や湿地、乾燥地など、見た目が「茶色く」映りがちな生態系はそのような取り組みからほとんどこぼれ落ちています。古来、豊葦原(葦が生い茂る湿地)と称された湿地の多い日本でも、大規模な湿地再生事業は行われていません。実際、湿地など茶色い生態系は、人々から注目されにくく、研究者の科学調査の対象となりにくく、保全対象として選ばれにくいことがわかっています(6)。人間の美的・感情的な好みは、どの生態系が守られ、どの生態系が放置されるかすらも左右しているかもしれません。
生物を好ましく思う気持ちは、駆除という場面では、問題を一層複雑にします。一部の生物は、生物多様性や人間の社会や経済に大きな悪影響を与えます。こういった生物は、科学的な評価と社会的合意を経たうえで、駆除や個体数管理の対象になっています。たとえば、侵略的外来種であるマングースは、在来の小型哺乳類や爬虫類、鳥類を捕食し、生態系に深刻な影響を与えることから、防除事業の対象となっています。しかし、見た目がかわいく、魅力的だと感じられやすい種に対しては、駆除に対する反対が大きくなり、殺処分をする人の心理ストレスも強くなります(7)。たとえば、各地で問題になっているノネコ(野良化したイエネコ)のような侵略的な捕食者は、小型鳥類や爬虫類を大量に捕食するにもかかわらず、ノネコの管理計画には根強い反対があります。愛玩動物としてのネコに向けられる愛情や共感が、同じ姿をもつノネコに投影されているのかもしれません。同様に、イタリアに侵入したトウブハイイロリス(図1)の駆除計画は、在来生態系や農作物に大きな被害をもたらすことが知られていたにもかかわらず、国民の強い反対によって失敗しました。現在の日本で、住宅街に出没し人間との深刻な衝突が増えているクマも同様かもしれません。さまざまな作品でかわいらしいイメージで描かれてきたためか、積極的な駆除に強い社会的な批判が向けられます。このように、かわいらしい・魅力的だという気持ちを持たれやすい動物は、そのポジティブな感情ゆえに、科学的には必要と判断されるレベルの個体数管理やその管理方法を巡って、社会的合意の形成を困難にしている可能性があります。

図1 セントジェームズパーク(ロンドン)のトウブハイイロリス。DAVID ILIFF撮影。
嫌われ者は保全されない
自然に対する人の気持ちは、好ましいものだけではありません。むしろ、現代人の多くはさまざまな生物を嫌っており、「嫌いな種」を保全の対象から排除してしまう、という非常に厄介な問題があります。その中でも最も大きな問題は、現代人の「虫嫌い」です。現代社会では昆虫は、もっとも嫌われがちな分類群のひとつです。嫌われがちな昆虫の仲間は、たとえ絶滅危惧種であっても保全の対象になりにくい傾向があります。そもそも、昆虫の軽視は、世界の生物多様性保全の基盤となるデータベースである IUCN レッドリストにおいてすら見られます。昆虫やその他の無脊椎動物は、そもそもレッドリストに載りにくい(=絶滅危惧種だと認識されにくい)のです(8)。さらに、レッドリストに掲載されたとしても、昆虫の仲間は一般市民や研究者からの関心が低く、保全の議論や政策の俎上に載りにくいことも報告されています。たとえば、『保全生態学研究』という日本生態学会が発行する生物多様性保全に関する専門誌があります。この専門誌に掲載された161本の論文を分析したところ、昆虫を対象にした論文は1割以下しかなく、日本のレッドデータブックに掲載されている昆虫の割合よりもはるかに少ないことがわかりました(9)。また、ごく一部の昆虫は政策的な保全対象になっていますが、それも一般に人気のあるチョウ類などに偏っています。
昆虫を含む節足動物は、地球の生物多様性の大部分を占める分類群であるとともに、花粉媒介や害虫抑制、土壌の形成など、人間社会への物質的恩恵も非常に大きい生き物たちです。そんな節足動物たちはいま、世界中で激減しています。たとえば、世界各地の長期データから、とくに陸上昆虫では個体数やバイオマスの減少が広く報告されています(10)(11)。こういった状況にもかかわらず、虫たちは保全の対象とされることなく、人知れず数を減らし続けています。その背景には、虫たちが気持ち悪い存在として認識されがちであること、そしてそれゆえに虫たちの生態学的・経済的な重要性が十分に認識されていない、という現状があるはずです。生物多様性の大半を担い、人間への恩恵が大きい生物たちの危機的状況がほとんど無視され続けている現状は、私の目には不思議にさえ見えます。
当然ながら、世界中の昆虫学者や生態学者は、この状況を強く危惧しています。国際的な影響力をもつ学術誌では、昆虫の減少や無脊椎動物軽視の問題を訴える意見論文が繰り返し掲載されてきました(12)(13)。コウモリや寄生虫など、多くの人に嫌われがちでありながら、生態系の中で極めて重要な役割を果たす生物群も同様です。嫌われがちな生物は、人知れず数を減らしているのです。一方で、社会の認識は少しずつ変わりつつあります。一般のメディアでも、昆虫の重要性と危機的状況が報道されるようになりましたし、主要国首脳会議であるG7などの国際フォーラムに関連して、昆虫多様性の危機が議題として取り上げられるようになってきました(14)。それでもなお、「嫌われる生き物」の保全が大規模に展開されているとは言いがたいのが現状です。「気持ち」に根ざした無関心や忌避感情は、保全の優先順位をゆがめ、生態系サービスの劣化や生物多様性の損失を通じて、最終的には人間社会にも大きな損失をもたらしている可能性があります。
「気持ち」と保全をきちんと理解する
ここまで、人びとの「気持ち」が、生物多様性保全の方向に、良くも悪くも大きな影響を持つことを解説してきました。私は、このような気持ちと生物多様性保全の関係をきちんと整理することが、これからますます重要になってくると考えています。ネイチャーポジティブという言葉が生まれるはるか前から、自然保護・生物多様性保全を牽引してきたのは、草の根の「自然が好き、大切にしたい」という気持ちでした。現在でも、個人個人の気持ちは、投票、消費、寄付、ボランティア、市民科学など、さまざまなルートを通じて生物多様性保全を推進しています。一方で、気持ちが牽引する自然保護には、生物多様性保全を偏らせ、非効率にしてしまう危険性もあります。たとえば、好まれない/嫌われがちな生物種や生態系が保全の対象から外されてしまう、という偏りです。ネイチャーポジティブのためには、このような、気持ちが持つ保全を力強く推進する側面と、保全をゆがめてしまう側面の、両面的で複雑な性質に正面から向き合わなければなりません。そして、気持ちを無視せずに生かしながらも、気持ち由来のバイアスをできるだけ生まないようにしていく必要があります。
「気持ち」と生物多様性保全の関係をきちんと理解し、その上で保全をより効率的なものにしていくことは、今後とくに重要になるはずです。その理由のひとつは、企業の生物多様性保全が「投資」としての性質を持つ点にあります。企業が生物多様性保全に投資をする理由のひとつは「自社が恩恵を受けている生態系サービスを持続的に利用しつづけるため」です。そこでは、短期的な金銭的リターンを求める投資ほどではないにせよ、できるだけ「費用対効果の高い保全手法」が求められるはずです。魅力的で人気のある種を優先した取り組みは、そのような企業側のニーズに合致しない可能性があります。もうひとつの理由は、生物多様性保全に関わる利害関係者が今後さらに多様になっていくと考えられる点です。企業、自治体、投資家、市民団体など、さまざまな主体が保全の意思決定に加わることで、生物多様性に関する科学的知見があまりない人が、重要な意思決定に関与する場面も増えていくかもしれません。知識が少なく熟慮が十分にできない状況での意思決定では、感情の影響が強くあらわれる可能性があります。そのため、生物多様性に関する知識が十分にない人が生物多様性保全に関わる場合には、自然に対する気持ちが意思決定に大きく影響してしまうかもしれません。
これらの理由から、気持ちと生物多様性保全の関係を理解し、「気持ちをチカラにしながら、気持ちに振り回されない」保全のあり方を探ることが、ネイチャーポジティブ時代の重要な課題になると感じています。
カギは進化にあり?
では、この「気持ちと保全」の関係を、よりよい方向に変えていくにはどうすればよいのでしょうか。カギになるのは、私たちの自然観が「なぜ」偏っているのか、その根本原因を理解することだと考えています。
私が特に興味を持っているのは、究極要因としての「なぜ」です。なぜ私たちは、ある種やある景観を好み、別のものには無関心だったり、ときに嫌悪さえ感じてしまうのか。その背後には、人類が長い歴史の中でたどってきた進化のプロセスが関わっているはずです。なぜなら、生物種や景観への好き/嫌いというのは、文化を超えて、人間社会で広く一貫しているように見えるからです。多くの文化圏で、森林や草原といった緑が溢れる生態系は美しい景観として評価される一方、砂漠や洞窟の生態系をそれ以上に美しい景観として認識する文化は乏しいはずです。また、現代社会、特に都市住民での虫嫌いの多さは、日本、中国、マレーシア、欧州各国、ブラジル、アフガニスタンなど世界中で報告されています。これら人間社会に広く見られる共通した自然観の背景には、人類として持っている生物学的な基盤――つまり、過去の自然選択によって形成された進化的要因――の存在を示唆しています。進化というレンズを通して人間を見てみることで、私たちが持っているさまざまな偏りを、より細かく分解して理解することができるはずです。
偏りを修正しようとするなら、まずは「私たちがどんな偏りを、なぜ持っているのか」を、生態学・進化学の言葉で理解することが重要です。次回からは、こうした問いに迫るために、「ヒトの進化」の物語をたどっていきたいと思います。
図版出典
図1 Wikipedia「トウブハイイロリス」より
注
- B. Guénard, A.C. Hughes, C. Lainé, S. Cannicci, B. D. Russell, & G. A. Williams, “Limited and biased global conservation funding means most threatened species remain unsupported,” Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 122(9): e2412479122(2025).
- Colléony et al., “Human preferences for species conservation: Animal charisma trumps endangered status,” Biol. Cons. 206(1660):263-269(2017).
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- Gサイエンス学術会議「地球規模での昆虫減少による生態系サービスの消失(仮訳)」、『学術の動向』25(9):98-100(2020).
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