私たちの社会は、食料、水、気候の安定、災害の緩和、心身の健康など、地球上の自然環境から多くの恩恵を受けています。しかしいま、そうした自然が失われつつあり、同時にその恩恵も失われつつあります。
では、人間社会は自然を守る方向へ動き始めているのでしょうか。少なくとも、一般市民の意識は変わりつつあります。たとえば、「30 by 30」目標(2030年までに地球の陸域と海域の30%以上を保護区などで保全するという目標)への支持率は、8ヵ国の約1万2000人を対象とした調査で82.4%という高い水準となっています(1)。また、「生物多様性」という言葉の認知度も2009年から2024年にかけて大きく上昇しており、ドイツでは29%から79%へと増えています。この国際調査は、2009年以降、16ヵ国で延べ約8万6000人を対象に実施されています(2)。
しかし、意識の高まりに対して、実際の保全はまったく追いついていません。2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、2020年までに生物多様性の損失を止めるための20項目、いわゆる愛知目標が採択されました。しかし、2020年の事後評価では、世界全体で完全に達成された目標は一つもありませんでした(3)。現在の「30 by 30」の進捗も厳しい状況です。2024年時点で、世界の保護区は陸域で17.6%、海域で8.4%にとどまり、そのうち2020年以降に拡大した保護区は0.5ポイントもありません(4)。
つまり、自然を守りたいと考える人は増えているにもかかわらず、その気持ちは、十分な保全の成果にはつながっていません。ネイチャーポジティブな未来を実現するためには、世界中で高まりつつある「自然を守りたい」という個人の意識を、経済活動や政治制度の変化と結びつけ、実際の生物多様性の保全や再生に結びつけていく必要があります。そのための強力なアクションが必要です。
しかしこれだけでは不十分で、このままではもっと根本的な問いを見逃すことになるでしょう。私は、ある課題を解決するには、その課題がどのように生まれるのかを理解することが最も大事だと思っています。虫嫌いを減らしたいのであれば、なぜ人は虫を嫌うのかを知る必要があります。自然好きを増やしたいのであれば、なぜ人は特定の自然を好きになるのかを知る必要があります。同じように、自然を守りたいという気持ちを社会の変化につなげたいのであれば、まずその気持ちや行動がどのように生まれ、どのように社会に伝わるのかを理解する必要があると信じています。
私たちは、なぜ自然を守りたいのか。最終回となる今回は、この連載のタイトルに掲げた問いに向き合ってみたいと思います。
気持ちは社会を通じて自然を変える
私は、自然を守りたいという気持ちが生まれ、個人の行動や社会の変化へとつながっていくプロセスを、自然への気持ち、進化、経験、文化、社会制度、そして身近な地域での具体的な自然環境の変化がつながった一つの枠組みとして捉えています。その見取り図を、図1に示します(5)。

図1 自然を守るという営みを、自然への気持ち、進化、経験、文化、社会制度、そして身近な地域での具体的な自然環境の変化の中に位置づける枠組み
この枠組みを使うと、「気持ち」を理解する際の環境的要素と、進化的基盤とを分けて考えやすくなります。「個人の自然観」を、個人の経験や文化や地域が作る自然や生き物の好き嫌いと、それを越えた共通性をもつ好き嫌いとに分けて、その二つの好き嫌いが互いにどの程度関係しているのかを見通しよく探究しやすくなるのです。
この枠組みの中心にあるのは、個人がもつ自然への気持ちや自然観です(下段太枠)。こういう景色が好きだ。この生き物はコワい、キモい、美しい、かわいい。こうした個人の気持ちは、保全行動に影響する最も基礎的な層にあります。この枠組みでは、個人の気持ちを決定づける要因として三つのものを考えます。
まず、人間には、特定の生物や景観に注意を向けやすい、好ましく感じやすい、あるいは避けやすいといった、進化の中で形づくられた心理的傾向があると考えられます(矢印①)。前回までに見てきた虫嫌い、かわいい動物への親しみ、緑を好むことなどは、その例です。ただし、これはあくまで自然への気持ちの一部には生物学的な土台があるということに過ぎず、ある気持ちを形作る特定の遺伝子がある、という意味ではありません。
そのうえで、個人がどのような地域の自然と関わりながら育ったかも大きな影響を与えます(矢印②)。都市で育ったのか、農村で育ったのか。子どものころに森で遊んだのか、水田や川に親しんだのか、海辺で過ごしたのか。こうした地域の生態系や自然経験は、具体的な自然の好みや愛着を形づくります。
さらに、その人が所属する社会や文化の自然観も、自然への気持ちを方向づけます(矢印③)。たとえば、近代西洋の自然保護では、「人間の手が入っていない原生自然(ウィルダネス)」に大きな価値が置かれてきました。一方で、日本の里地・里山のように、人間の暮らしや利用によって維持されてきた二次的自然を、守るべき自然として捉える文化もあります。そういった社会の自然観は個人の自然観に影響するでしょう。また人は、親や友人など周囲にいる人が虫嫌いだと、当人も虫嫌いになりやすい、ということもわかっています(6)。虫嫌いのような個人の自然観も、社会的学習に強く影響されているのです。
つまりこの枠組みでは、個人の自然への気持ちは、進化的な基盤、地域の自然経験、社会や文化の自然観が重なり合って形づくられる、と考えます。ここには、生物の形質は、遺伝と環境の相互作用によって形づくられるという生物学の原則がそのまま反映されています。「個人がもつ自然への気持ちや自然観」も人間の形質のひとつであると捉え、遺伝的要素(矢印①)× 環境的要素(矢印②や矢印③)が相互に影響して形成されることを表現しているのです。そして、個人の気持ちは社会で共有され、やがて「どの自然を価値あるものとみなすか」などの社会の自然観が形成されていきます(矢印④)。
さらに、このように形成された社会の自然観は、政治・経済的な取り組みや学術研究にも影響を与えます。たとえば、国立公園や保護区の設計には、自然を人間活動から隔離して守る発想が強く反映されてきました。これは、「人の手が入っていない自然こそが本来の自然であり、守るべき自然である」という自然観と深く結びついています(7) (8)。
一方で、日本を含む東アジアではこの自然観とは異なる、里地・里山のような二次的自然を重視する見方が育まれてきました。その見方に基づけば、守るべき自然は、人間活動から隔離された原生自然だけではありません。水田、畑、草地、雑木林、ため池、水路、集落が組み合わさり、人間が利用し、手入れを続けることで維持される自然もまた、豊かな生物多様性を支える重要な自然として捉えられます。こうした二次的自然の重要性は、日本発の研究を通じて国際的にも認識されるようになりました。たとえば、第7回で紹介した日本の研究(人間が手を入れてきた伝統的な農地景観が予想外の生物多様性のホットスポットになっていることを示すもの)は、最有力学術誌の一つ『Science』誌で驚きをもって特集されました(9)。この研究が示す事実は、「人間の手が入ってない自然が守るべき自然であり、農業の衰退は自然の回復である」という見方に対して、新鮮な驚きを与えたのです。農業・林業・漁業が維持する二次的自然が重要であるという捉え方は、日本発の里山イニシアチブとして知られる国際的な保全枠組みの発展にも貢献しました(10)。
また、ニュージーランドのマオリの自然観も、同様にニュージーランド独自の保全制度の骨組みとなっています。マオリの自然観では、河川、山岳、森林と人間とは別の存在ではなく、人間の祖先として親族的な関係でつながったものと考えます。だからニュージーランドの法律では、たとえばワンガヌイ川やタラナキ山といったものに法的な人格を認め、制度的な保護の対象となっています(11)。自然観は、自然に対する個人の好き嫌いや社会の見方にとどまるものではないのです。それは、どの自然を価値あるものとみなし、どの自然を対象に研究し、どうやって保全するか、保全活動全体の方向性を決める重要な要素と言えます。地域ごとに異なる自然が、異なる自然観を育て、その自然観が学術研究や政策、さらには実際の保全活動のあり方を形づくるのです。
自然観が実際の保全活動のあり方を形作るということは、自然観の偏りがそのまま保全活動の偏りとなる、ということでもあります。保全活動がさかんになっても、絶滅のふちにいる生物や破壊の最前線にある景観が優先的に守られるとは限らないのです。嫌悪されやすい生物の保全は後回しになり、魅力的な動物には関心や資金が集まりやすいというのはその表れです。また景観についても、たとえば、近代の西洋諸国では森林を理想的な自然とみなす自然観が強く形成されてきました。それが、森林を増やす事業が無条件に「よい環境対策」と捉えられてゆき、地球規模の大規模な植林事業を後押しする下地となってきました。結果として偏りが生じ、本来は草原、湿地、サバンナのような開けた生態系として維持されるべき場所にまで植林され、地域の生物多様性や生態系機能に深刻な悪影響を与える事例も報告され始めています(このことは第12回でも記しました)(12) (13)。
加えて、保全活動の方向性には、個人の気持ちが直接影響することもあります。たとえば特定の動物への親しみや関心をもとにした寄付や保全活動への参加などによって保全が活発になったり、逆に盛り下がって鈍化したりすることもあるでしょう。そうすれば当然、実際の自然のあり方も変化し、生物多様性の改善や悪化が起こります。こうした気持ちが自然を変える働きが、この枠組みには反映されています。
自然保護は気持ちを変える
この枠組みには、さらに重要な観点が盛り込まれています。それは、図1の矢印⑤です。矢印⑤が示すのは、個人や社会の自然観が形づくった保全活動が、地域の自然を変化させる、ということです。この変化が矢印②~④を駆動し、再び保全活動を変化させるというループをもたらします。
このようなループの実例には、現在のところネガティブなもの、つまり自然の悪化によって人々の自然観が変わったことを示す事例しかありません。代表的なのが、メキシコ・カリフォルニア湾の漁業者を対象にした研究です(14)。この研究では、異なる世代の漁業者に、過去の漁獲量や魚種について聞き取りを行いました。すると、年配の漁業者は、かつて大きな魚がたくさん獲れた時代を記憶していました。一方で、若い漁業者はすでに魚が少なくなった現在しか知らず、これを「普通」の状態と捉えていました。このような現象は、基準推移症候群(shifting baseline syndrome)と呼ばれます(15)。これは、周囲の自然環境の悪化が少しずつだと変化が認識しにくく、世代間で「昔は現在より豊かだった」という認識が受け継がれにくくなることが背景にあります。それゆえ、現在は過去に比べて自然がどれほど失われたのかが実感できず、現在の悪い状態を「もともとの状態」として受け入れてしまうのです。もう一つ例をあげます。英国で行われた研究では、若い世代ほど昔は生息している鳥類の絶対数も種数も豊かだったという認識が薄く、一部の減少種に対して保全の必要性を低く見積もる傾向が示されています(16)。この研究は、自然が悪化した状態を「普通」として社会が認識してしまうことで、保全の必要性そのものが見えにくくなる可能性を示しています。
これは生物多様性保全にとって深刻です。なぜなら、過去の豊かさを知らなければ、「回復させたい」という気持ちも、回復させたいと思った場合の目標も低くなってしまうからです。
これと深く関係する概念に、経験の消失(extinction of experience)があります。これは、自然の喪失によって、人々が日常生活の中で自然と直接ふれあう機会を失っていく現象です。たとえば、都市化によって自然が失われると、子どもたちが虫を捕まえたり、川で遊んだり、草地で植物に触れたりする機会は減っていきます。そして、経験の消失が進むと、自然体験から得られる利益が減るだけでなく、自然への関心、愛着、興味など、自然に対するポジティブな感情や態度も弱まることが示されています(17)。さらに、経験の消失は、自然に対するポジティブな気持ちを減らすだけでなく、ネガティブな気持ちを増やす可能性もあります(連載第16回で紹介した、都市化によって虫嫌いが増えるという現象はその代表的な例です)。
自然が減ることで自然経験が減り、自然経験が減ることで自然を守りたい気持ちが弱まり、その結果としてさらに自然が守られにくくなる。自然の損失がさらなる損失を生むフィードバックです。これは、絶望的な循環に思えます。もしこの循環が進み続けるなら、実物の自然とともに、私たちの記憶や感性からも自然が失われていくことになります。
しかし、ここには希望もあります。なぜなら、この循環を逆に回して、自然の回復によって自然への関心や愛着を高められるかもしれないからです。身近な場所に鳥が戻る。川に魚が戻る。海に大型動物が戻る。草地に花や昆虫が戻る。そうした回復を人々が見て、経験し、語ることができれば、「自然はもっと豊かでありうる」という感覚もまた、社会の中に戻ってくるはずです。近年、この考え方は 「基準の引き上げ(lifting baseline)」という概念として議論されています(18)。これは、基準推移症候群とは逆に、保全の成功によって失われていた生物や生態系が戻ってくることで、人々の「これくらい自然が豊かなのが当たり前だ」という基準を引き上げようとする考え方です。生息数が回復しつつあるクジラなどの海洋哺乳類を念頭に、保全の成功を社会がきちんと認識し、歓迎し、次の回復目標につなげることの重要性を論じています。もちろん、自然が回復すれば、人間にとってよいことだけが起こるわけではありません。たとえば、大型肉食獣が増えれば家畜の被害が増えますし、昆虫が復活すれば農業害虫の被害が増えたり、衛生害虫への不快感が強まったりします。自然が回復することで生まれるそのような不利益もまた、社会としての自然観に作用して保全の方向性を左右するでしょう。
自然保護は人間と自然の循環の中にある
この枠組みこそが、「なぜ人は自然を守りたいのか?」に対する私なりの答えです。自然への気持ち、進化、文化、地域の生態系、学術研究、環境政策、経済、そして実際の自然の変化。これらをばらばらに扱うのではなく、すべてをつながった一つのシステムとして理解するのです。この発想のもとでは、「なぜ人は自然を守りたいのか」という問いは、単に個人の意図や理由を尋ねる疑問ではなくなり、自然と人間との相互作用そのものを捉え直す問いになります。このように考えると、自然保護という営みは、一方的に人間が自然を守る活動ではなく、人間と自然の循環の中にある活動だととらえることができます。私は、この枠組みが擁する大きな循環の中で、一定数の市民や社会は自然を守りたいと考えているのではないか、と考えています。また、この枠組みに基づけば、ネイチャーポジティブとは単に失われた自然の量を回復することではなく、自然と人間の関係性そのものを豊かな方向へ編み直す試みと捉えることもできるでしょう。
この枠組みが示すのは、自然を守るには、自然を対象にした科学だけでなく、人間の気持ちを扱う科学が不可欠だということです。どの生物が減っているのか。どの生態系を回復すべきなのか。どの政策が保全上有効なのか。これらを科学的に調べるのはもちろん重要です。しかし同時に、なぜ人々はある自然を守りたいと思い、別の自然には関心を向けないのか。なぜある生き物には共感が集まり、別の生き物は嫌悪されるのか。なぜある景観は生態学的に価値が高いことが科学的に示されているのに、十分な保全がなされないのか。こうした問いを解明するための「気持ちの科学」なしには、私たちが行う自然保護は効果的なものになりません。
自然への気持ちは、複雑で理解できないブラックボックスでも、触れることも畏れ多い神聖なものでもないと、私は思います。複雑な自然を科学できるように、自然へ抱く複雑な気持ちもまた科学することができます。人が惹かれる自然、嫌う自然とは、どのようなものか。自然への愛着を育てるのはどのような経験か。政治や経済活動を通じた保全行動につながるのは、どのような気持ちなのか。学術研究には、科学者の好き嫌いがどの程度影響しているのか。そしてこのようなことは「なぜ」起こるのか。こうした問いを科学によって一つずつ解きほぐすことで、この枠組みの全体像が整理され、生物多様性保全が進みやすくなるはずです。そして、その橋渡しとして、生態学や進化学が大きな役割を果たすと考えています。
もしかすると、自然への気持ちを科学の俎上に載せて解体してしまうことは、自然に対する気持ちのかけがえのなさや崇高さを損なう行為に思えるかもしれません。かつて詩人ジョン・キーツは、ニュートンが虹をプリズムの光に分解して説明したことで、虹のもつ詩情や神秘が失われてしまったと嘆いたと言われます。しかし進化生物学者のリチャード・ドーキンスは、著書『虹の解体』の中で、これとは正反対の立場を示しました(19)。虹を解体し、その仕組みを理解することは、虹の美しさを損なうどころか、かえってその奥にある、より深い驚きへと私たちを導いてくれた、というのです。自然を守りたいという気持ちを解体することも、これと同じではないでしょうか。その気持ちがどこから生まれ、どのように育つのかを解き明かすことは、気持ちの尊さを否定することではありません。虹の謎を解き明かすことでかえって虹の新たな驚異に出会えたように、自分たちの気持ちを解き明かすことは、私たち人間と自然との関係を、これまで見えなかった形でいっそう豊かに発展させてくれるはずです。
私は、「なぜ人は自然を守りたいのか」という問いを、思想的・観念的な問いにとどめるのではなく、これからの保全を支える、検証可能な経験科学の問いとして育てていきたいと思っています。自然を守るためには、自然を知るだけでは足りません。自然を守るとは、自然の外側に立って自然を管理することではありません。自然の中で生きてきた人間という生き物が、自分自身を理解しながら、自然との関係を結び直していくことなのです。(了)
注
- Michaelsen, P., Sundström, A., Jagers, S. J., “Mass Support for Conserving 30% of the Earth by 2030: Experimental Evidence from Five Continents,” Proceedings of the National Academy of Sciences 122(35): e2503355122,
- UEBT 2024. Biodiversity Barometer 2024. https://www.biodiversitybarometer.org/#uebt-biodiversity-barometer-2020
- Conservation on Biological Diversity 2020. Global Biodiversity Outlook 5: Summary for Policy Makers. https://www.cbd.int/gbo5
- UNEP-WCMC & IUCN 2024. Protected Planet Report 2024. https://www.unep.org/resources/report/protected-planet-report-2024
- Fukano & Soga, in press.
- Fukano, Y., Soga, M., “Evolutionary Psychology of Entomophobia and Its Implications for Insect Conservation.” Current Opinion in Insect Science 59: 101100(2023).
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- Takeuchi, K., “Rebuilding the Relationship between People and Nature: the Satoyama Initiative.” Ecologocal Research, 25: 891-897(2010).
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- Veldman, J. W., et al., “Where Tree Planting and Forest Expansion are Bad for Biodiversity and Ecosystem Services.” BioScience 65(10): 1011–1018(2015)
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ドーキンス『虹の解体――いかにして科学は驚異への扉を開いたか』福岡伸一訳、早川書房、2001年(2025年に『虹の解体――世界はなぜ美しいのか』に改題し、早川書房にて文庫化)
「なぜ人は自然を守りたいのか?」の連載は今回が最終回です。ご愛読いただきありがとうございました。
なお本連載は加筆・修正の上、単行本化する予定です。刊行情報は随時、みすず書房ウェブサイトにてお知らせいたします。(編集部)
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