みすず書房

ケインズが見失っていたもの:
人間の「現在バイアス」

ケインズが見失っていたもの:
人間の「現在バイアス」

これまでの連載では、多くの場面においてケインズの人間観が現実的であり、「必ずしも人間は常に合理的に考えて判断できるわけではない」ということを前提に経済理論を構築していた様子を紹介してきました。今回は逆に、人間の持つ非合理的な心理傾向をケインズがうっかり見落としたまま理論構築してしまったようにみえる分野を紹介しておきたいと思います。それは、人間の持っている「現在バイアス」というものについてのケインズの見方です。

人間の現在バイアス

現代の心理学では、将来得られる大きな利益よりも、現在得られる小さな利益の方を非合理的に過大評価しがちであるという「現在バイアス」と呼ばれる傾向を人々が有していることが明らかになっています。たとえば、ある人が
 ① 1年後に1万円をもらえる
 ② 1年と1ヶ月後に1万1千円をもらえる
という選択肢を与えられた時に②の選択肢を選んだとします。この場合、1万円をもらうことを1ヶ月間我慢すれば10%の利子がついてくることになっていますので、この人はこの利子率を十分魅力的であると考えたことになります。

ところが、同じ人が
 ① いま1万円をもらえる
 ② 1ヶ月後に1万1千円をもらえる
という2つの選択肢を与えられると、今度は①の選択肢を選び、いますぐ1万円をもらってしまうことがあるのです。この場合でも1ヶ月待てば1千円多くもらえることになっていますので、利子率自体は先ほどの設例と変わりません。しかし、人間には「現在バイアス」が備わっているため、今すぐ得られる小さな利益を過大評価し、1ヶ月我慢すれば得られるはずの月10%の利子を過小評価してしまうのです。

皆さんにも、やらなければいけない面倒な課題、たとえば夏休みの宿題にとりかかるのを先延ばしにして遊びに出かけてしまったという経験があるのではないでしょうか? これもまた、将来の大きな利益よりも現在の小さな利益を過大評価するという、多くの人が持っている現在バイアスの一つの現れです。

ケインズの財政政策と現在バイアス

これまで見てきた通り、ケインズは市場における自由な価格調整、すなわち「見えざる手」に任せているだけでは不況時の失業を解決できないと主張し、不況時に政府が借金をして公共事業を実施し、失業者を吸収することを主張しました。しかし同時に彼は、国の借金を恒常的に増加させることまでは想定していませんでした。この点は、アルヴィン・ハンセンなど、「ケインジアン」と呼ばれた一部の人々の見解とは異なっています。むしろ、好況期には財政を引き締めることでインフレーションを抑制し、同時に不況期に生じた財政赤字を好況期の財政黒字で埋め合わせることをケインズは想定していました。いわゆる「カウンターシクリカル」な財政政策です(この点については小平[2026]で詳細に検討していますので詳しくはそちらをご覧ください)。もし彼が想定していたように、好況期に生ずる財政黒字で不況期の財政赤字を埋め合わせることが実現可能であれば、景気循環全体を通して長期的にみれば国の借金は増加しないはずです。

しかし現実には、いったん増加させた国の借金を多少景気が上向いてきたからといって抑制することは、人々の現在バイアスの存在を考慮に入れると容易ではありません。人間の本質として借金の返済はいつでも先延ばししたくなるからです。現実の政治過程において、不況であろうと好況であろうと、減税は常に有権者から人気が高く、増税は人気のない政策です。政権の支持率を損なうことなく増税を実現することは実際には非常に難しいことです。もしこうした人間の「現在バイアス」を前提とすると、財政政策を機動的に活用して不況時の失業を減少させようとすると、不況期に計上した国の借金を好況期に完済する前に次の不況期が来てしまうため、国の借金を恒常的に増加させてしまう可能性がある、ということになります。

まさにこのことをケインズの批判者であるブキャナン(1919―2013)らは「赤字の民主主義」(Buchanan and Wagner[1977])という本の中で指摘しています(1)。民主的国家において政治家が有権者に、将来の害悪(たとえば放漫財政によるインフレの発生)を防止するために財政の引き締めを提案したとします。この時、有権者にとっては、財政引き締めによる現在の消費の減少は目にみえる「直接的なデメリット」、将来の害悪防止というのは将来の想像上のものでしかない「間接的なメリット」ということになります。現在目にみえるデメリットと将来の想像上のメリットを比較すれば、人というものは必ず現在のデメリットを重視します。したがって有権者はそのような提案を支持せず、民主政治の体制では、制度的に財政赤字が累積するバイアスが生ずることになる、とブキャナンらは指摘しています(2)

ブキャナンらが批判する通り、残念ながらケインズはこの現在バイアスの影響を過小評価し、人々が経済的利益の現在と将来との間での異時点間配分をきわめて合理的に行うことができると考えていた可能性がある、と筆者は見ています。このため、彼がかなり強力に公共事業の実施による雇用創出を提唱していた1920年代後半から1930年代の時期は、不況時に計上した財政赤字に見合う財政黒字を好況時に計上することの政治的困難性を十分に想定していなかったように思われます。これまで本連載で見てきたように、機械的・合理的に行動する個人を想定する現代の主流派経済学と異なり、ケインズの人間観は非常に現実的で、様々なバイアスに影響されやすい人間の傾向を的確に理論に反映していました。しかしなぜか彼は、人間の現在バイアスのことは軽視してしまっていたようなのです。

なお、ケインズは人間の現在バイアスの存在自体をまったく認識していなかったわけではないようです。たとえば、不況時にもかかわらず極端な均衡財政主義に走る財政当局の愚かさが借金の返済を先送りしがちな人々の傾向により結果的に緩和されている、という状況を指して「人間の本性の弱さが人間の頑迷さに対する救いとなっている」と皮肉を込めて表現しています(1931年8月15日『ニュー・ステイツマン・アンド・ネーション』誌寄稿、CW9巻145頁/訳172頁)。ここでいう「人間の本性」とは、まさに人間の現在バイアスのことを指しているのでしょう。

いずれにしても、人間には現在バイアスがあることを認識しつつも、それが長期的な財政政策の運営にどのくらい大きく影響するのかについての洞察がケインズに足りていなかったのは確かでしょう(3)

経済成長と財政収支についてのケインズの見解

以上のような筆者の分析に対し、「公共投資により経済を将来的に成長させれば税収が自然に増加するはずで、不況期における財政赤字は、必ずしも好況期における財政の引き締め政策で埋め合わせる必要はないとケインズは考えていたのではないか」という批判がありえます。もしそのように考えれば、人々に「現在バイアス」があるかどうかは確かに問題とはなりません。経済学史的にみると、こうした主張はケインズの強烈な批判者であり、1980年代の米国レーガン政権の減税政策の理論的支柱ともなった「サプライ・サイド経済学」の主張に近い(彼らの場合は公共投資ではなく減税ですが)のですが、「ケインズ主義」に親近感を示す現代の経済学者の中にもこのように主張する人々がいます。

実際にはケインズはなんと言っていたのでしょうか?

『繁栄への道』には、公共投資の実施により「国民所得を増大させ、雇用を増大させることによってしか、予算を均衡させることはできない」(CW9巻347頁/訳419頁)というくだりがあります。ここだけを切り出して読むと、前述のような経済学者の見解をケインズも共有しているようにも見えます。しかし同書全体を通してケインズが言っていることは、不況時に財政支出をいくら切り詰めてもデフレ・スパイラルが発生してしまうので財政収支は均衡しない、ということに過ぎません。不況時に財政支出を増加させたからといって予算が均衡するとは『繁栄の道』では主張されていません。むしろ同書では、100ポンドの公共投資により創出されることになる将来の税収増は20ポンドにとどまると試算されています(CW9巻347頁/訳418頁)(4)。ケインズが最も積極的に公共投資による雇用創出を訴えた1929年の「ロイド・ジョージはそれをなしうるか?」でも、毎年1億ポンドの公共投資により、その「8分の1」の歳入増が1年間で見込まれる、と言っています(CW9巻112頁/訳133頁)。つまり将来の歳入増により公共投資の費用を丸々賄うことができるとはケインズは想定していませんでした。したがってやはり人々の現在バイアスというものは、ケインズの主張するような財政政策を実施したときに長期的な財政収支の均衡を妨げる要因になりうるのです。

なぜケインズは人間の現在バイアスに対する意識が薄かったのか?

さて、このようにケインズが人々の持つ現在バイアスに対してあまり強い問題意識を持っていなかったことには、いくつか理由があると筆者は考えています。

まず、ケインズ自身がかなり現在バイアスの小さい人であった可能性があります。心理学の既存研究では、学歴が高い人や社会的に成功した人は、そうでない人に比べると一般的に現在バイアスが小さい可能性があると指摘されています。たとえば、米国の軍人年金は事前の一括払いと毎年の分割払い(年金払い)を選択できるのですが、将校クラスと下士官クラスの選択傾向を分析すると、将校クラスの方が毎年の分割払いを選択する割合が多かった、すなわち現在バイアスが低い傾向があった、という研究があります(5)。心理学における有名な研究である「マシュマロ・テスト」(6)も、現在バイアスが小さい人は社会的に成功しやすいことを示す別の例です。現在バイアスが小さい人は、目の前の快楽にとらわれずに中長期的に自分に必要なこと(勉学など)に取り組むことができるので、社会的にも成功しやすいのでしょう。確かにケインズも、試験前にはほかの事からすぐに気持ちを切り替えて精神集中して勉強に取り組むことのできた人だったようで、経済史家のスキデルスキーはそうしたケインズのことを「ハーヴェイ・ロードの試験マシーン」と呼んでいます(Skidelsky[1983]131頁/訳215頁)(7)。また、ケインズは、ギリシャ神話の予言者カサンドラに自分をなぞらえ、自分の予言はよく当たる、ということをしばしば述べています(8)。近視眼的ではなく将来を正しく見通せる能力を自分は持っている、との自己認識も、現在バイアスがあまりない人物像と整合的です。

もしそうだとすると、ケインズ自身には現在バイアスがあまりなかったということが、他の人々の現在バイアスについての彼の中での問題意識の低さにも影響している、と考えるのはそれなりに説得力のある推測といえそうです。人間の本質は必ずしも合理的ではない、とケインズは考えており、ケインズが構築した多くの経済理論の中にその考え方が暗黙のうちに埋め込まれています。ですが、この人間の「現在バイアス」については、自分を基準にして、そうしたバイアスは存在しない、人間は合理的に行動できる、という暗黙の前提をケインズは置いてしまっていたようです。

図1 1906年9月27日付のケインズの国家公務員試験の成績通知表(KP/KC/1)。ケインズはこの時も試験に向けて入念に準備していたようで、全国で第2位という好成績を記録しています。記録魔ケインズらしく、どのくらいの時間をかけてどんな試験勉強をしたのかの記録も「ケインズ・ペーパー」には残されています。

当時の英国大蔵省の「極端な健全財政主義」

人々の現在バイアスに対するケインズの意識の低さには、ケインズが活動した時代背景も影響しているのだろうと筆者は考えています。その時期の英国経済がどのような状況にあったのか、データを確認しながら考えていきたいと思います。

まず、英国の失業率は第一次世界大戦終結後の1920年代にはかなり高い水準で推移していることがわかります(図2)。1921年には不況が発生し11.3%に上昇し、その後も第一次世界大戦前の水準に比べ高く推移します。そして1929年の世界大恐慌や1931年の世界金融危機の時期には15%程度までに上昇し、そうした高い失業率は第二次世界大戦により軍需産業を中心に国内産業がフル稼働することになる時期まで続きます。

図2 英国の失業率の推計値 1912–1950年

それにもかかわらず、この1920〜30年代の英国政府はかなり緊縮的な財政政策を実施していました。図3は英国の中央政府の財政赤字の推移ですが、1929年の世界大恐慌の時期も含め、1920年代から1930年代の高失業率の時期に英国の政府債務はほとんど増加していなかったことがわかります。

図3 英国の政府債務残高の推移 1912–1950年

さらに詳しく見ていきます。ケインズが公共投資による失業対策を主張し始めるのは1924年のことで、それから1929年に「ロイド・ジョージはそれをなしうるか?」というパンフレットを執筆するまでの間がケインズが最も強硬に赤字財政政策を主張した時期です。この時期の英国政府の予算収支の内訳(表1)を確認しますと、そこには「減債基金繰入」という項目があることがわかります。この「減債基金」とは、将来国債を償還するための資金を積み立てておく基金のことです。したがって減債基金への繰入れを実施するということは、実質的には財政黒字を計上して国債を減少させることと同じです。1925年から1929年までの間、毎年の政府予算に継続的に5千万~6千万ポンドの減債基金繰入額を計上し、その上で財政収支自体を均衡させていますので、この時期の英国政府はかなりの水準の実質的な財政黒字を毎年計上していたことになります。

表1 英国政府予算収支の内訳 1925–1929年

つまり、ケインズが最も強硬に公共投資による失業対策を主張した時期に、英国大蔵省は国内の失業率がかなり高いにもかかわらず、厳しい緊縮財政を実施していたのです。別の言い方をすれば、当時の英国大蔵省の考え方には、現在の利益を犠牲にしてでも将来の健全財政の実現を優先させてしまうという、極端な「逆」現在バイアスがかかっていた、と言ってもいいかもしれません。

もちろん当時の英国大蔵省からすれば、その当時の財政状況は危機的であり、早急に財政の健全化を図らなければならないと考えていたのでしょう。図3が示す通り、第一次世界大戦までの英国政府にはほとんど借金がなかったのですが、戦争遂行に伴い多額の債務を背負うことになりました。また、この時期の市場金利が高水準だったこともあり、表1の歳出の内訳を見ていただくとわかる通り、1920年代後半は利払費・国債管理費が国の歳出全体の4割弱を占めてしまう状況となっていました。この戦時債務を一刻も早く返済し、財政構造を正常化させることが必要であるという考えから、こうした極端な健全財政主義を採用することになったものと考えられます。

いずれにしても、この時期のケインズの主張については、当時の英国大蔵省のかなり極端な健全財政主義を前提としたものであり、それに対抗するために彼自身もあえて対極的な立場をとらざるを得なかった、という側面を指摘することができるでしょう。人間の現在バイアスが長期的には財政赤字の累積を招く働きをしてしまう危険性を、あえて過小評価する「必要」があったのです。

二度の世界大戦と世界大恐慌の影響

そもそも人間の心理的傾向として現在バイアスが存在しているのは、先の読めない混乱した日々を生き抜くための合理的な人類の進化の結果だったのかもしれない、と筆者は推測しています。仮に将来に大きな報酬の提供が約束されていたとしても、その約束が果たされる可能性が低かったり、それまでに自分が死んでしまう可能性が高かったとしたら、現在確実に得られる小さな報酬の方を獲得しておいた方が得策だからです。

ケインズが活動した時期はまさにそうした混乱の時期であり、国の存亡のためにまさに「今ここ」に集中することが求められる時代でした。ケインズが大蔵省での仕事を開始した1915年から没する1946年までの30年強の時期は、それまでの安定した国際秩序の時代(パックス・ブリタニカ)とは一転して、二つの世界大戦があり、その間には世界大恐慌が発生し、世界秩序が大混乱した時期でした。将来の心配をする余裕などなく、とにかく現在をなんとかしないといけない時代だったのです。人類の歴史において、戦争になれば当事者政府はとりあえず戦争遂行資金を借りられるだけ借りて戦争遂行し、戦後にその借金を返済していく、そして戦勝国が敗戦国から獲得する賠償金はその返済財源となる、というのはずっと繰り返されてきたことでした(9)。そして、こうした戦時中の政府債務の増加は、国家の存亡がかかっていますので、政治的に問題視されることはありません。ケインズの現在バイアスについての認識が薄くなっていたことには、このような時代背景や社会全体の雰囲気もおそらく影響していたことでしょう。将来のことを考えて計画的に行動することは必ずしも彼の時代の「時代精神」ではなかったのです。

* * *

今回は、人間の持っている「現在バイアス」というものについてのケインズの見方を取り上げました。これまでの連載で見てきたような、「必ずしも人間は常に合理的に考えて判断できるわけではない」という人間観と異なり、ケインズはこの「現在バイアス」を過小評価し、人間は現在と将来との間の経済的利益の分配を合理的に行うことができると考えていた可能性があります。他の経済学者と比べたときの短期的な財政規律に対する寛容な態度の背景には、この「現在バイアス」に対する見方の違いがありました。

次回は、このケインズの「現在バイアス」に関連する論点として、ケインズが「利子」というものをどのように理解していたのかを見ていきたいと思います。

  1. ブキャナンは長年ヴァージニア大学やヴァージニア工科大学で教鞭をとっていたことから、こうした立場を「ヴァージニア学派」と呼ぶことがあります。また、彼らのように政治学的な考え方を経済学に持ち込み、経済政策がどのような政治過程を経て策定されるのかに特に着目する研究を「公共選択論」と呼ぶことがあります。
  2. Buchanan & Wagner(1977)訳196-198頁。
  3. ケインズは、人々が倹約すべきか否かはあくまで経済学の技術的な問題にすぎず、人の生きざまについての価値判断を含むような重要な倫理的問題とは考えていなかったと推測されます。このため彼は、「倹約することはよいことである」という伝統的な倫理観を批判する論者への好意的な態度を表明することこそありました(たとえば『一般理論』におけるマンドヴィルへの好意的態度[CW7巻359-362頁/訳360-364頁]を参照)が、彼自身の意見として倹約が本当に「倫理的」に望ましいかどうかという判断を下すことについては慎重に避けています。
  4. 同書では、このほかに雇用増加による失業救済の経費が33ポンド削減されることになっています。
  5. Baddeley(2017)訳108頁。
  6. 「マシュマロ・テスト」とは、幼児が今すぐ目の前にあるお菓子を食べてしまうか、短時間我慢してそれよりも多い(あるいはより魅力的な)お菓子を食べるか、どちらを選択するかを観察し、その後の彼らの成長を数十年にわたり追跡調査したところ、我慢することのできた幼児のほうが、成人してから社会的・学業的に優秀であった、ということを明らかにした実験です(Mischel et.al.[1989])。
  7. 第1回連載でも紹介しましたが、ハーヴェイ・ロードとは、ケインズ一家が当時住んでいた家がある通りの名前です。
  8. 自分をカサンドラになぞらえるケインズのテクストとして、CW6巻346頁/訳404頁、同9巻xvii頁/訳xxiii頁、236頁/訳280頁、同18巻75頁/訳89頁、同20巻387頁/訳553頁、611頁/訳816頁、同22巻74頁、同24巻625頁を参照。
  9. ケインズは若い時期に、第一次世界大戦の講和条約であるヴェルサイユ条約を批判した「平和の経済的帰結」を執筆し、敗戦国に過剰な賠償義務を負わせることに反対していました。このため、その後の経済学者としての主張において、戦時の国の借金の返済に敗戦国からの賠償金を当てにする論陣を張ることはできなかった、ということは歴史の皮肉と言ってもいいかもしれません。

参考文献

  • Baddeley, M. (2017) Behavioural Economics, A Very Short Introduction, Oxford: Oxford University Press. (土方奈美訳『〔エッセンシャル版〕行動経済学』早川書房、2021)
  • Buchanan, J. M. & Wagner, R. E. (1977) Democracy in Deficit, New York: Academic Press. (大野一訳『赤字の民主主義』日経BP社、2014)
  • Mischel, W., Shoda, Y. & Rodriguez, M. (1989) “Delay of gratification in children”. Science 244 (4907): 933–938.
  • Mitchell, B. R. (1988) British Historical Statistics, Cambridge: Cambridge University Press.
  • Peden, G. C. (2000) The Treasury and British Public Policy, 1906-1959, Oxford: Oxford University Press.
  • Skidelsky, R. (1983) John Maynard Keynes, Volume 1, Hopes Betrayed, 1883-1920, London: MacMillan.
  • 小平武史(2026)『ケインジアンが見失ったケインズの財政政策』昭和堂。

ケインズの生涯

(本連載第1回も参照)

西暦 年譜
1883 英国ケンブリッジで、ケンブリッジ⼤学の教員であった⽗と、社会運動家であり後年ケンブリッジの市⻑となった⺟との間に⽣まれる。
1902 イートン校を経てケンブリッジ⼤学⼊学。⼤学では「使徒会」会員となる。ここでの⼈間関係が後年「ブルームスベリー・グループ」に派生する。
1906 ⼤学卒業後インド省⼊省。
1908 インド省を退職。
1909 ケンブリッジ⼤学のフェローとなり、⽣涯その地位を保持。
1915 ⼤蔵省に中途⼊省。第⼀次世界⼤戦中の英国の対外⾦融政策を担当する。
1919 パリ講和会議におけるドイツへの過酷な賠償請求に反対し、⼤蔵省を退職。ドイツ賠償問題を扱った『平和の経済的帰結』がベストセラーとなり、ジャーナリストとして世間に知られるようになる。
1923 ⾃由党系の週刊誌『ネイション・アンド・アシニーアム』を買収し取締役会⻑となる。⾃⾝も⽣涯を通じ同誌に多数の記事を執筆。
1925 ディアギレフ率いるバレエ・リュスのバレリーナ、リディアと結婚する。夫妻は⼦供には恵まれなかった。
1926‑30 「⾃由放任の終焉」(1926 年)、「ロイド・ジョージはそれをなしうるか?」(1929 年)、『貨幣論』(1930 年)などを発表。市場は経済問題を⾃然に解決することはできず、拡張的財政政策などにより政府が市場に介⼊し、失業問題に対処することが必要だと主張する。
1936 『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表し、これまで提案してきた政策の理論的根拠づけを⾏う。
1940 ⼤蔵省に復職、死去まで職に留まる。⼤蔵省内の政策全般について顧問として関与するとともに、対外⾦融政策について第⼆次世界⼤戦の戦費調達に関する対⽶交渉やブレトン・ウッズ会議において中⼼的役割を果たす。
1946 死去(62歳)。