人生と併走する国籍
連載の最終回は、国籍とはいったい何なのかという最初の問いに立ち戻ろう。
最近、日本人と外国人の境界がやたらと強調される傾向にある。日本社会の入り口の開閉をきちんと管理し、つまり在留手続きや帰化申請を厳しくすべきで、国家の成員である日本人だけが享受すべき権利を容易に外国人に認めてはならないという主張は、ますます賛同を得ているようだ。主権国家の集まりから成る国際社会においては、国籍者と非国籍者の間の権利の差は、ある意味で必然的なものと考えられている。
こうした意見の根本には、日本人の親から国内で出生した人にとり、日本人としての国籍とは所与のものであるという感覚がある。国籍は身にまとう空気のように、最初から「ついてくる」ものだと思われている。この際、祖先に遡って自分が日本人であることを公証するのが戸籍であり、戸籍のない者は日本人ではないということになり、歴史的に見た時、戸籍制度が何を意味してきたかを考える機会はほとんどない。パスポート申請の際に私たちは戸籍謄本を取り寄せるが、これが近代国家による監視の一手段であるとはもちろん考えない(1)。このため、祖国が消滅して国籍が「なくなって」しまった難民や、理由があって戸籍に登録されなかった無戸籍者や、戦後に日本国籍を剥奪された旧植民地にルーツを持つ人たちが、国籍について日々思考し、悩み、時には命に係わる決断を迫られるなど、想像もできない(2)。
そういう私自身も、実は外国人と結婚して、国籍というものが実際にいろいろな場所で障壁となったり、もしくは国籍ゆえにある種の優遇を得る場面に遭遇するまで、国籍について考えることはなかった。現実には国籍をめぐる葛藤や衝突は、実社会ではいろいろな場所で生じているのだが、その性質上、必ず個人的なレベルで発生するため、縁のない人には全く縁がない。よく使うコンビニの店員が外国人ばかりだとしても、家族に国際結婚したり帰化したりしたような人がいない限り、国籍の問題がどのような場面で、またどのような形で人の生活に影響するのかは、なかなか分からないものだ。このため多くの人にとり「国籍=戸籍=日本人」の等式は自明のもので、似たような外見で日本語を話す人が日本人であるという想像の共同体のようなものが、漠然と、しかし強固に存在する。
意識する・しないに関わらず、国籍は生まれてから死ぬまで、私たちと併走している。人生のイベントがあると、それが急に可視化される。まず出生届自体が、戸籍への登録、つまり日本人としての存在認知である。対して海外で出生し重国籍となった子は、3か月の間に日本領事館で国籍留保をしなければ、日本国籍を失う。実際問題として、出産後は目の回るような多忙の中で日々が矢のように過ぎ去るため、3か月は極めて短く、手続きができずに日本国籍を失ってしまった人はこれまでも一定数いる。
次に、二つ以上の国籍を持つ者は成人時に国籍選択を行う。国際結婚から生まれた子どもは重国籍になる可能性が高い。かつては国籍の異なる夫婦においては、妻が夫の国籍を取得し、元の国籍を離脱するのが当然とされたため、子どもの重国籍は発生しにくかったが、現在はたいていの国で父母両系で国籍が継承されるため、重国籍は必然的に生じる。国内の国際結婚数は2006年の約4万5000件をピークに減少が続いているものの、こうした結婚から生まれた子どもたちが今、成人する時期にきているだろうから、多くの家庭で国籍選択が話題となっていることだろう。
そして外国人と結婚する場合はいうまでもなく、人生の最期においても、国籍の問題はついてくる。日本人が海外で亡くなった場合、もしくは外国人が日本で亡くなった場合、遺体や遺骨の移送は簡単なことではない。死者はもはやパスポートは使えないが、それだけに実に多くの証明書と手続きが必要になる。その後の財産処分についてもそうだ。遺産相続において、死者が居住していた国の民法や税法が適用されるのか、その人の出身国の法が適用されるのかは、さまざまである。日本は、国内で死亡した外国人の財産相続はその人の本国法に従うとするが、逆にその出身国の法が、海外で死亡した自国民の財産は納税していた居住国の法に従い処分されると定めていたら、準拠法がどちらになるのかという堂々巡りが発生する。また法定相続をする場合、日本では夫婦の一方が亡くなった場合、配偶者が半分、子どもたちが半分相続するが、準拠法が変わればその比率も変わる。配偶者より子どもの権利を上位に置く国もある。あまりにも複雑なので、国際相続実務の専門家がいるくらいだ。
こうした空気のような国籍の中で、私たちは生きて死んでゆくのである。
続く包摂と排除のポリティクス
世界構造の大前提であるように思える国籍も、歴史的に見れば常に揺れ動いてきたことは、この連載で見てきたとおりだ。特に19世紀から20世紀前半までの世界では、国籍は国家の裁量で得られたり、失ったりするものであった。第二次世界大戦後、国連は世界人権宣言で、国籍を持つことを基本的な人権と位置付けたが、国籍を介した包摂と排除のポリティクスは、今も世界中で実践されている。そしてこれは限りある富の配分と結びついているため、配分対象を国民に限定したい国家と、物理的にだけでなく法的にも国境を越えようとする人々の攻防が生まれる。その場所が入国管理であり、帰化行政である。これは条件を満たした人を国民の共同体に迎え入れるだけでなく、望まない人を国民から排除することでもある。トランプ政権のアメリカで、国家的理念ともいえる生地主義を廃止する議論がされるのはその一例だし、ヨーロッパではイスラム国(IS)などテロ犯罪にかかわった自国籍者の国籍剥奪が、その人物が無国籍にならない限りで行われている。
このため意識の上で国境をなくす「グローバル市民」の考えは、理念としては素晴らしいが、地球のどこに行っても権利の上で同じような待遇が期待できるような世界が到来するとは思われない。EUのような超国家連合でさえ、基本は主権国家の枠組みに立っており、EU参加国の出身であるからといって、たとえばドイツに最近移住したポーランド人が、すぐに生来のドイツ人と同じ失業手当などの社会福祉にあずかれるわけではない。
さらに、国籍と個人の市民的・政治的権利であるシチズンシップの円は必ずしも重なっていない。日本においては、国籍の取得なしで政治的権利の享有はないという考えに立っているため、権利を求めるならば帰化せよということになる。日本で帰化は最終的には法務大臣の裁量であり、これまでも帰化行政は制限的になされてきた。これが、合法的な滞在実績があれば自動的に帰化への道が開く移民国家と日本の違いだろう。ただし、日本が採用している国籍の血統主義とは、外国人が帰化した時点で、その人が国民の集団の中で他と区別不可能となることを意味する。これは実は日本人の「想像の共同体」が思い描くような、同族によるエスニックな共同体とは似て非なるものである。
最近にわかに議題に上るようになった「外国人政策」の議論では、想像の共同体としての血統的な日本人の集団と、国籍の血統主義による日本人の集団は、無意識的に(もしくは意識的に)混同されている。このため、文化的・血統的に「十分に日本人ではない」と見なされる人がステルスで「日本人」になるのを防げ、という意見が出てくる。日本に帰化した外国人が会社を登記し、ペーパー上は日本の会社に見えるが実態としては中国資本であり、利益も中国に流れるといったニュースに人が敏感に反応するのも、国籍の血統主義による法的な日本人と、文化的な集団として想像される日本人の円が重なっていないことに理由があるのだろう。
国民としての資格を「詐称」する、もしくは紙の上では国民であるものの、実際の「中身」や「本質」は国民たり得ないといった議論は、ナチズムを引き合いに出すまでもなく、近代以降の国民国家ではおなじみの議論である。実際には、帰化による日本国籍の取得には現国籍の放棄が求められるため、国民の国籍離脱を認めない少数の国の出身者を除き、日本人に帰化した人は日本人以外の何者でもありえない。このため、ここで問題となっているのはやはり「想像の共同体」の資格なのである。しかし、これまで「想像の共同体」の成員資格が定められた例があっただろうか?
ドイツの国籍法改正と歴史的責任の共有
この連載ではドイツやフランス、またユダヤ人の国籍の問題を取り上げてきたが、実はドイツでは近年大きな転換があった。それは、かつては日本とともに血統主義の代表であったドイツが、2024年3月の改正国籍法で、全面的な複数国籍容認に転換したのである。実際には、ドイツは2000年を前後して移民国家へと舵を切っており、以前より部分的な生地主義を導入していた。これは主にドイツ生まれでドイツ育ちのトルコ人労働移民の第二世代、第三世代などを想定しており、当初は成人時の国籍選択を条件としていたが、この義務も比較的早い段階で実質的に放棄されている。そして2010年代のシリア難民危機以降、ドイツが100万人を超える移民・難民を受け入れたことは知られているが、こうした人たちが現在帰化申請の主体となっている。
これまでもドイツは帰化申請において、移民の経済状況のみならず、ドイツ語能力の有無や国の文化や価値観への理解などをテストしてきたが、近年の改正では、国が求める国民像をより明確にし、これから逸脱する者を帰化させないことも示している。もとよりドイツへの帰化申請者は民主主義的な憲法秩序への賛同とその維持が求められるが、ここにナチズムという歴史的背景から、国内のユダヤ人の生活を護ることが新しく付け加わったのである(10条(1)1a)(3)。ナチ時代に国籍を剥奪されたユダヤ人らとその子孫は、望めば国籍を再取得できるような憲法規定があること、またこれが現在多くのイスラエル人がドイツ国籍を取得する手段となっていることは述べた(連載第2回 国籍の剥奪)。今回の改正は、それに加えて国籍取得がドイツの歴史的責任の承認となるよう、制度設計したということだ。つまり、ドイツは過去の「共有」をドイツ国民たる条件としたのである(4)。
出身国の国籍を保持しながらドイツ国籍が取得できるようになるのだから、帰化要件を厳しくするというのは理解できることではあるが、複数国籍の容認の裏にはドイツが考えるところの「良き市民」の選抜がある。現在、ドイツで反ユダヤ主義的なヘイトスピーチ等での犯罪歴のある者は、帰化できない。このため、何を反ユダヤ主義と見なすのかが問題となるのだが、この改正が2024年の3月、つまりガザ紛争開始後になされているため、イスラム教徒の移民を潜在的な反ユダヤ主義者とみなし、イスラエルに批判的な移民の帰化申請を阻む意図があるのではないかといった批判があった。
実は、反ユダヤ主義的な刑事犯罪歴のある者を帰化対象から閉め出す方針は、すでに2021年8月に出されている(5)。その背景には2000年代からイスラエル・パレスチナ問題を理由とした「イスラム教徒の反ユダヤ主義」が問題とされるようになり、近年そうした刑事犯罪が増加していた事実がある。そして特にガザ紛争が始まってからは犯罪件数が急増し、国内のユダヤ人の安全が危惧されるまでになった。
現行の国籍法では、反ユダヤ主義的・人種主義的な行為は、基本法が謳う人間の尊厳と相容れず、自由で民主主義的な基本秩序に反すると明文化されている(10条(1))。必然的に、こうした言動で有罪判決を受けた者は帰化できないと思われる。国籍が国民の自画像であることを思うと、ドイツにおいては反ユダヤ主義的な犯罪を行うような者は国民たり得ないという、国家的意志が示された形である。
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日本人のど真ん中に生まれて育った自分が、国籍をめぐるさまざまな問題について考えることができたのは、今は亡き夫のおかげである。
1980年代末にフランスから日本にやって来て、この地で35年近く、外国人として生きてきた。日本の行政文書に慣れない外国人には在留関連の手続きは容易ではなく、たいてい私が担当した。このため子どもの誕生など、人生のイベントがある度に、市役所、大使館、そしてフランスの地方自治体に各種書類を求めて行ったり来たりということを繰り返してきた。多くの国際結婚夫婦に共通するのだろうが、私は知らないうちに家庭内で入国管理の実務家のようなものになってしまった。入国管理局の出張所に付き添うこともあったため、なんとなく場の空気の張り詰めた感じや、列に並ぶ外国人と日本人の職員との距離感も感じたが、同時に配偶者が日本人であり子どももいることが分かると、親身になってくれるということも経験した。
こうしたことを通して国籍とはいったい何なのか考えるようになり、そうすると歴史における国籍概念の変遷だけでなく、日本における外国人の帰化の実態や、出入国管理行政などにも関心を持つようになった。国籍として表現される事柄の周辺には、日本において日本人として生きる限り遭遇することのない、さまざまな期待、失望、喜び、怒りが渦巻いていることが見えてきた。
逆に、夫の家族とのつながりを通して、日本とは異なる動的な国籍の在り方についても知ることができた。アメリカ国籍でありながら人生の半分ほどを二級市民として生きた義父については連載第4回で書いたとおりだが、親戚たちの国籍は様々で、それぞれに20世紀の歴史が映し出されていた。夫の祖父はスペインから単身フランスにやってきて、20世紀フランスの人口増強政策の中で国民化された人だし、独仏国境地帯のアルザス出身の義姉の夫の祖母は、生きている間に4回も国籍が変わった人である(独→仏→独→仏)。私が子どもの頃の国語の教科書には、アルフォンス・ドーデの『最後の授業』が載っていたが、国境線が引き直されるたび、その住民の所属も変更されたのである。
そしてフランス国籍者の配偶者として自分でも2度ほど現地で暮らした経験は、国籍をめぐって繰り広げられる包摂と排除のポリティクスを体感させられるものであった。家族統合のための移民と勘違いされて、知らない間に国民化のレールに乗せられて移民統合コースに参加したが、そこは様々な背景の人々が時には政治的自由を得るために、たいていはよりよい生活を求めて、あらゆる手段を尽くして国籍の移動を試みる場所であった。自分自身が中東やアフリカ出身の移民たちと共に入国管理や移民局の列に並んでみて、国籍の壁に向き合う人々の気持ちが少しだけ分かった気がした。
同時に子どもたちを現地の学校に通わせてみて見えてきたのは、学校という場所が国民化の前哨戦が戦われる場となっていることであった。子どもが教育を受ける権利が基本的人権として滞在許可の上位に置かれるときには、子どもが学校で学業を継続し、落第しないことが、まだフランス国籍を得ておらず経済的に脆弱な親の命綱のようなものになっていた。逆にエリート校とされるインターナショナルスクールでは、国籍の境界は資本や能力により乗り越えられるものと認識されていた。実際に高学歴・高収入の親の家庭が在留許可で右往左往するのを見たことがない。むしろ彼らの関心は能力主義的な社会で勝ち続けていくことにあり、世代を超えて継承される資本と知識のバトンをリレーしながら、親子で二人三脚する姿があった。
世界では、国境を越えるための闘いが日々繰り広げられている。これは物理的な国境だけでなく、法的な国境でもあるし、心の国境でもある。またここでは出入国管理行政における官僚主義や差別といった受け入れ側の問題があるだけでなく、身分詐称や不法滞在といった、越境に関連する違法行為と制度とがしのぎを削り合っている。移民問題がフルスケールで到来していない日本では、欧米の状況を悪い手本と見なすと、今のうちに門の開閉を厳しくせよという声はそれなりの説得力があるように聞こえる。逆に、国籍の線引きを柔軟にすることでもたらされる政治経済的利点や、多様性が生むイノベーションの可能性、さらに究極的には人のつながりが生む安全保障といった利点については、十分に議論されていない。ただし実際には、私のケースがそうであるように、国籍の問題は多くの場合、個人レベルの問題として存在する。最近にわかに「外国人政策」を語り出した人の大半は、こうした現実の問題とは実際には縁のない人たちに違いない。
国籍をめぐっては、多くの生身の人間が紐づいている。こうした紐付きによる網の目は、想像するより広範に広がっている。それへの想像力を持ちつつも、地に足の着いた現実的な政策を模索することは、矛盾しないはずである。(了)
注
- 以下を参照。遠藤正敬『戸籍と国籍の近現代史──民族・血統・日本人【第3版】』明石書店、2024年;ジョン・トーピー『パスポートの発明――監視・シティズンシップ・国家』藤川隆男監訳、法政大学出版局、2008年。
- 個人の経験については以下を参照。木下理仁編著『国籍のゆらぎ、たしかなわたし――線をひくのはだれか?』太郎次郎社エディタス、2025年。
- Gesetz zur Modernisierung des Staatsangehörigkeitsrechts (StARModG) vom 22. März 2024.
- 以下を参照。武井彩佳『ホロコースト後の機能不全――ドイツ、イスラエル、犠牲と加害の関係』角川新書、2026年、第1章。
- Viertes Gesetz zur Änderung des Staatsangehörigkeitsgesetzes vom 20. August 2021.
