先日、東京都葛飾区にある都立水元公園に行ってきました(図1)。青空の下、広い芝生の上を散歩をするだけで、凝り固まった心と体がほどけていくような安堵がありました。同じような気持ちは、春先の爽やかな風にたなびく麦畑や、水鏡のように静かな田んぼを見ても感じることができます。開けた視界、目の前に広がる緑や水辺の景色、これらをぼんやり眺めるだけで何となくいい気持ちになり「自分は自然の中にいるなあ」「自然はいいなあ」と感じられます。

図1 都立水元公園の風景
さて、こういった自然に対する素朴ないい気持ちは、生物多様性を考える際にも重要です。自然を見たときに感じる精神的な回復や美しいと思う気持ちは、自然から「文化的な生態系サービス」を享受していると捉えることができます。自然が持つ心身の回復的効果に関しては膨大な研究があり、自然を見たり体験することが心身の健康に結びつくことは世界中の研究で繰り返し実証されています(連載第4回を参照)。また、自然へのポジティブな気持ちが、生物多様性の保全と結びつくことも知られています。「自然とのつながり」や「場所への愛着」といった心理特性が強い人ほど、寄付やボランティア、生息地管理への参加など具体的な保全行動を取りやすいのです。つまり「自然の物質的な恩恵」(食料供給や防災など)だけでなく、「自然へのポジティブな気持ち」もまた、生物多様性保全の推進力となりうるのです。
ただし、自然に対する気持ちは、生物多様性保全を考えるときには扱いが難しいテーマでもあります。それは、私が芝生、麦畑、水田をみて「素晴らしい自然」だなと感じたことからもわかります。現代に生きる多くの人にとって気持ちのよい魅力的な「自然」は、必ずしも生物多様性の保全や再生を考える時に優先度の高いものではありません。均質で管理された清潔な芝生は、美しく安心して歩けるいい場所ですが、植物種が極端に少なく構造も単純で多くの生物が住める生息地としては機能しにくい自然です。麦畑や水田が広がる景観も、季節や管理しだいで野鳥や水生生物にとって重要な場になりうる一方、必ずしも生物多様性が高い場所ばかりではありません。食料生産という役割を考えると、それは当然でもあります。
多くの人が好み、いい気持ちになれる風景には特徴があります。見晴らしがよく、緑と水辺が多い風景です。しかし、地球の自然は多様で、多くの人に敬遠されがちな自然もあります。たとえば、泥と腐植が堆積した歩くのも困難な湿地、背丈ほどの草が生い茂る藪、一面の砂と岩に覆われる砂漠や礫原、朽木とコケに覆われた鬱蒼とした森、砂浜と海の間に広がる広大な茶色い干潟、そして永遠の闇に閉ざされた洞窟などです。こうした自然は人間にはあまり好まれませんが、脆弱で希少な種が多く生きている生態系であり、生物多様性の保全においては優先度が高い自然だといえます。
好みがあるのは風景だけではありません。私たちは、生物種に対しても、好き嫌いがあります。イヌやネコ、クマやパンダなどは好まれる動物です(1)が、昆虫やダニ、クモなどの無脊椎動物の仲間は一般に嫌われます(2)。植物の中にも人気/不人気が明確にあります。一般に鮮やかな花を持つ植物は好かれる一方で、そういう花を持たない植物はあまり好まれません(3)。サイズの小さい微生物や土壌の中にいる動物は見えにくいため関心を持たれず、好き嫌いの対象となることさえも少なくなります。ポジティブな気持ちが推進する生物多様性保全からは、よいと認識されない自然や、好まれない・関心を持たれない・嫌われがちな動植物はこぼれ落ちてしまうでしょう。
「自然への気持ち」は、生物多様性保全を加速させることもあれば、優先順位をゆがめて保全を非効率にすることもあるのです。「気持ちをチカラにしながら、気持ちに振り回されない保全」のあり方を探るために、今回はこのねじれに正面からぶつかります。その前にまずは、生物多様性保全の過去と現在で、「気持ち」が果たしてきた役割をみていきましょう。
自然保護の歴史を「気持ち」で追う
現在の生物多様性保全の潮流(ネイチャー・ポジティブ)のロジックは、自然がもたらす物質的な利益に重点を置いています。私たちの社会や経済は、防災、水源涵養、食料や木材などの資源供給、気候緩和(炭素吸収)といった、自然がもたらす多様な恵みの上に成り立っており、これを享受しながら持続的に成長するために自然の保全や再生が必要だ、という考え方です。この枠組みでは、経済的に評価しやすい“物質的な恵み”に注目が集まるのは必然といえるでしょう。けれど自然保護の歴史を繙くと、畏敬、愛着、美意識、悲しみ、怒りなどの気持ちは常に、もう一方の強い推進力として働いてきました。
今も世界中に、宗教的・儀礼的な理由で、古来から伐採や狩猟が禁じられてきた「聖なる森(sacred groves)」が存在します(たとえばインドには、聖なる森が推定10万〜15万ヵ所(4))。このような聖域は、直接的な物質的利益があるからではなく、宗教的伝統や共同体の規範にもとづいて守られてきました。すなわちこの自然は、気持ちによって守られてきたのです。実は、私たち日本人の身近にも、同じような聖域があります。それは、寺社仏閣の鎮守の森です。日本全国にある鎮守の森の面積をすべて合わせると、なんと20万ha以上に達すると推定されています(5)。そして、衛星データを使った解析から、これら鎮守の森における森林消失率は最も厳格な自然保護区と同程度に低かったことが示されています。自然への畏敬という「気持ち」は、古代から今日に至るまで、制度が定める「自然保護区」のように実質的な保全効果を生んできたのです。
近代の制度設計においても、気持ちは重要な役割を果たしました。18世紀末から19世紀にかけて欧州で興隆したロマン主義は、それ以前の理性中心の啓蒙に対する反動として、畏敬(崇高)、美、神秘、自然、自由といった精神的価値を重んじた芸術・思想運動です。ロマン主義の盛り上がりは、現在に続く自然保護の思想的基盤となりました。たとえば米国では、未開の大自然を描く絵画運動(ハドソン・リバー派、図2)がもりあがり、「アメリカの大自然=国民的聖地」という認識を広めたことで、イエローストーンに象徴される国立公園の創設へとつながりました(6)。

図2 ハドソン・リバー派の代表的画家、アルバート・ビアスタットの“Among the Sierra Nevada Mountains, California (1868)”
欧州でも、フランスではミレーなどの風景画家らによる自然保護運動、イギリスではナショナル・トラスト運動、ドイツ語圏では郷土保護など、景観美や郷土への愛着が自然保護制度に組み込まれていきます。日本でも1919年に「史蹟名勝天然記念物保存法」が制定され、名勝すなわち「美しい風景」を守る重要性が法制度に位置づけられました。今日のユネスコ世界遺産(自然)の選定基準にも「卓越した自然美」が含まれています。これらの歴史は、自然に対する畏怖や美しさを感じる気持ちが、近代以降の自然保護の設計原理の一部だったことを物語っています。
もちろん、気持ちだけが自然保護の制度を形作ってきたわけではありません。森林から得られる木材や水という物質的利益は国家の重要な資源だったため、持続的に利用するための統治の対象となりました。たとえば、近世のドイツやフランスでは、軍艦、鉱山開発、都市建築のための用材を安定供給するために、森林の伐採量を管理し、造林を計画的に進めました(7)。国家による森林保護は19世紀以降の植民地支配にも引き継がれ、英領インドや仏領アルジェリアなどでも(先住民の利用を厳しく制限しつつ)森林の持続的利用のための制度が整えられていきます。日本でも、江戸期に都市の薪炭需要や建築需要で森林荒廃が進んだため、各藩や幕府は植林の推進や森林の伐採を禁じる留山といった、資源供給と治山を両立させる制度を整えました(8)。明治時代になると森林法によって保安林制度が創設され、水源涵養、防風、防砂、土砂防止などの物質的利益を明示的に組み込んだ枠組みが整いはじめました。
こうして見ると、自然保護の歩みは物質的利益(資源供給や防災など)と、気持ち(畏敬、美意識、愛着)の両面から進んできたことがわかります。自然保護の歴史の中で、気持ちも大事だったわけです。
現代のネイチャーポジティブへと続く道
自然保護の黎明期においては、畏敬・愛着・美意識といった「気持ち」が重要な推進力だったかもしれません。しかし、20世紀以降の大規模な開発による自然破壊を「気持ち」単独では抑制することができませんでした。理由はおそらく単純で、開発する側は「この谷をダム化すれば発電量と雇用が増える」「この山を鉱山開発すれば輸出や税収が増える」といった物質的利益を数量で検討できるのに対し、気持ちに根差す恩恵は定量化しにくく、また恩恵の大きさが人によって大きく異なるため、比較が難しかったためでしょう。つまり「開発すれば発電量と雇用がこれだけ増える」という説明に対して、「保護すると人々の安心感や誇りがどれだけ増えるのか」を同じ秤に載せにくい構造があったといえます。加えて、自然から得られる感情的・文化的恩恵は、その近辺に住んでいる人たちや旅行に行く余裕のある人たちなど、一部の人たちだけが受けられるものになりやすいという要因もあったかもしれません。あなたにはその里山がかけがえのない場所でも、私にはそうではないかもしれない、というわけです。もちろん現実には、一方的で搾取的な関係性のもとで行われた開発も数多くあったはずです。とくに、植民地や途上国の自然では、それが顕著であったでしょう。
それでも「気持ち」がまったく無力だったわけではありません。開発によって愛着のある自然が失われ、愛好していた動植物が消え去る強い危機を感じた人々の悲しみや怒りは、草の根の自然保護運動へとつながっていきました。このとき、開発による公害被害で生じた市民運動も重要な役割を果たしました。実際、日本の自然保護活動の一つの源流は、戦後から高度経済成長期に勃興した公害運動であると捉えられています(9)。四大公害をはじめとする企業活動による公害や大規模な開発への強い批判を背景に、自然保護運動も急激に拡大したのです。多くの市民が大規模な開発に対する反対運動に参加し、その流れの中で自然保護団体の基盤が急速に拡大しました(10)。たとえば、WWFジャパンや日本自然保護協会(NACS-J)の会員数は1970年代後半から大きく伸びています。このとき、多くの人が自然保護活動に参加した動機は、物質的・経済的な見返りを期待してではなく、身近な自然が失われていくことへの悲しみや怒り、子ども世代に自然を残したいという気持ちだったそうです(11)。こうした草の根の気持ちは、署名、寄付、自然保護運動、参加型の保全活動などの行動につながり、社会的な関心を一気に高めました。
このような流れは世界各地でも同様で、公害や無秩序な開発への反対運動が、原生林保護、ダム建設反対、湿地の保全など、地域固有の自然を守るキャンペーンへと広がりました。1980年代のオーストラリア・タスマニア島のフランクリン・ダム計画は最も有名な例の一つです。この計画に対し市民による全国規模の反対運動が起き、政治や司法がそれに呼応し、最終的にダムの建設計画は中止に至りました。同様に、アメリカ・サンフランシスコ湾の大規模開発に際して市民の大規模な反対運動が生じ、これは湿地の保全や再生の制度化につながりました。国際的な湿地保全の枠組みであるラムサール条約が成立したのもこのころです。
日本でも、法制度と行政体制の整備がこの時期に急速に進みました。1971年には環境庁が発足し、1972年には自然環境保全法が制定されるなど、自然環境保全の基盤となる仕組みが整えられました。これらの制度が発展した背景には、自然の物質的恩恵ではなく、気持ちが強くかかわっていたはずです。なぜなら当時は「生物多様性」や「生態系サービス」という言葉すらなく、自然からの膨大な物質的恩恵を受けていることを今ほど認識できていなかった時代です。自然からの恩恵という概念が今より薄かったにもかかわらず、自然を守るために世界各地で市民ひとりひとりが熱心に活動していた理由は、自然に対する強い気持ちだったはずです。今日まで残る自然や制度の多くは、こうした気持ちに支えられた自然保護の成果だと位置づけられます。
このような「気持ち」が紡いできた自然保護の歴史をきちんと理解することは、「ネイチャーポジティブ」という掛け声で進む経済セクターの生物多様性保全への取り組みにおいても重要なことだと思います。企業が突如として「ネイチャーポジティブ」を掲げて生物多様性保全に参画しても、歴史を踏まえていなければ現場や市民との間に見えない軋轢を生んだり、表面的な、いわゆるグリーンウォッシング的な取り組みに終始し、結果として企業の評判を落としてしまいかねません。また、歴史をおろそかにすることは、企業内部での意思決定でも軋轢を生むかもしれません。経営陣など経験豊富なシニアな人たちのなかには、「自然」「環境」という言葉から、かつて企業と強く対立していた市民運動や環境NGOのみをイメージする方もいます。そのことで、企業のネイチャーポジティブに関する意思決定がスムーズに進まないという事態も起こりえます。
現在、生物多様性保全に関わる活動をしている多くの人々は、意識しているかどうかにかかわらず、自然保護の歴史の延長線上に立っています。その歴史の核には、明確に「反企業・反開発」という側面がありました。企業活動や大規模開発への怒りや不安、自然が失われていくことへの悲しみといった草の根の気持ちがあったからこそ、守られてきた自然が確かにあるのです。
現在の経済セクターが掲げる「ネイチャーポジティブ」をうまく機能させるには、各企業がこのような歴史をきちんと認識し、そのうえで行政、市民との新しい関係を築いていくことが求められます。対立の歴史を忘れるのではなく、その背景にあった「気持ち」を理解したうえで、尊重しつつ協働へとつなげていく。これこそが大きな課題であるとともに、成功の可能性でもあるように思います。
「気持ち」が保全につながるメカニズム
自然保護の歴史を見ると、気持ちが重要だったことがわかりました。では具体的にどのように気持ちは保全と繫がるのでしょうか。ここでは、寄付やボランティアなど市民参加、投票を通じた政治参加、そして経済活動の3つの観点から、気持ちがどのように生物多様性保全につながるかをみていきましょう。まずは、市民参加に関してです。
世界中の人々が、ボランティアへの参加や自然保護団体への寄付、市民科学プロジェクトへの参加などを通じて、地域の自然の保全や再生に大きく貢献しています。これらの活動は、仕事や義務感からではなく自発的に行う活動なので、個人の気持ちこそが重要なドライバーです。世界中の研究で、このような行動をとるのは、自然体験を楽しむことができ、自然とのつながりを感じやすく、自然に対して道徳的義務感や責任感を持っている人だということが示されています(12)(13)。また、現状の地球温暖化や自然破壊に対して、怒りや不安、罪悪感というネガティブな気持ちを感じやすい人も、環境に優しい行動をとる傾向があることもわかっています(14)。ただし、自然が失われることへネガティブな気持ちが昂じすぎると、メンタルヘルスを悪化させる問題もあります。実際、気候変動や生物多様性損失に対する恐怖や不安、無力感で日常生活に支障が出るほど強い心理ストレスを感じる「エコ不安症」も報告されています(15)。
近年注目されている市民参加のかたちのひとつが、鳥・昆虫・植物などの観察を通じた市民科学です。スマートフォン向けの観察・同定・記録アプリが数多く開発され、これらを通じた市民の自然観察プロジェクトが世界各地で増えています。たとえば、東京都の多摩市では「iNaturalist(アイ・ナチュラリスト)」というアプリを使って、市民が身近な生き物の写真と位置情報を投稿し、その記録を共有し、蓄積する取り組みが進められています(図3)。このような市民科学プロジェクトは、生物の分布データを蓄積するという点で、生物多様性保全に間接的に貢献します。それだけでなく、市民科学に参加することで、科学や生物に関する知識が増え、自然とのつながりの感覚も強まり、環境に優しい行動が増加することが示されています(16)。つまり、スマホを通じた自然観察は、単にデータを集めるだけでなく、参加者の自然へのポジティブな「気持ち」を増幅し、その結果として自然へのポジティブな行動を促す効果も持っていると考えられます。

図3 「iNaturalist」を使った取り組みの例(多摩市生きもの調査隊)
次は政治と気持ちの関係です。生物多様性を巡る国際的な政治の枠組みは、段階的に、しかし着実に発展してきました。1992年の生物多様性条約(CBD)(17)、2010年の愛知目標(18)、2022年の昆明・モントリオール枠組み(19)など、世界的な政策的成果が積みあがってきています。では、どのような気持ちが「生物多様性保全を支持する政策」への賛成と結びつくのでしょうか。これまで世界中で行われた研究を整理すると、保全政策支持の強力な予測因子となるのは「自然をどう捉えているか」や「生物の好き嫌い」であると報告されています(20)。この報告によれば、「人間と自然は比較的同等と考える人」や「自然や保全の知識がある人」がとくに保全政策を支持しやすいそうです。つまり、自然への共感という気持ちは、科学的な知識に劣らず、保全政策の推進に重要、というわけです。
当然ですが、人々の気持ちは、保全政策への賛否だけでなく、選挙での政党選択にも影響します。このことは欧州のさまざまな研究で確かめられていますが、ここではさらに一歩踏み込んだ研究をご紹介します。1995年から2016年の38カ国の選挙を対象に、投票行動と政党マニフェストとを大規模に分析した研究があります(21)。この研究でも、環境を重要だと考える人は、環境問題を重視する政党に投票する傾向があることが確認されたのですが、この研究にはさらに一ひねりあります。その国での環境問題(自然災害や大気汚染)の深刻化と投票行動との関係に着目したのです。そこからわかったのは、環境問題が顕著になると、環境に無関心だった人まで、環境問題を重視する政党へ投票し始める、ということでした。投票という政治的意思決定においても、「気持ち」と「物質的恩恵(の低下)」の両方が関わっていることがわかります。
最後は経済活動です。私たちの自然に対する気持ちは、消費行動を通じてどのように生物多様性に影響するのでしょうか。有機農産物(22)やフェアトレード(23)されている農産物を選ぶといった環境保全的な消費行動には、消費者の気持ちが強く作用しています。自然や生物多様性が好きな人、共感しがちな人、自然が破壊されることに罪悪感を覚えやすい人は、保全的な商品を選びたいという意思が強いことがわかっています(24)(25)。しかし、そのような意思が、そのまま実際の購買行動につながるとは限りません。環境意識や倫理意識が高く、環境によい商品を選ぼうという意思はある人でも、日常的な買い物では従来品を選びがちで、気持ちと行動にギャップがあるということもわかっています(26)。
経済と自然との関係には、消費者以外の要素もあります。そのなかでも、大企業の環境方針に関与できるCEOや、エンゲージメントを通して投資先の企業の方針に介入できる機関投資家、環境政策に関与できる政治家などは、特に強い影響力を持ちます。こういった人たちの職業的な意思決定にも、「自然が好き」という個人的な気持ちが影響している、ということは大いに考えられます。このような観点からの研究はまだ多くないものの、いくつかの研究は「気持ち」の重要性を示唆しています。たとえば、企業のCEOが自然好きなタイプである場合、その企業は環境対応を推進する傾向があることが、中国の研究で示されています(27)。
世界中の農家も、自然に影響力を与える職業といえます。農家は、生産方法の違いや、農地周辺の管理を通じて農地生態系に直接影響を与える仕事と捉えることができます。そのため、農家が持つ自然への気持ちは、農地の生物多様性に影響しているかもしれません。実際、中国にある303戸の大規模農家を対象にした研究では、環境に優しい農業技術を採用する理由には、農家自身が持つ自然に対する気持ち(道徳心や罪悪感など)が影響していることがわかりました(28)。自然環境を守るのは自分の義務だと感じている農家は、実際にそういう農業技術を採用している、というわけです。企業のCEOや農家のように、自分の決定が自然に大きな影響を与える職業においても、自然に対する気持ちは重要な役割を果たしているのです。
(後編へ続く)
図版出典
注
- 昨今の日本では被害が多く、手放しに人気とは言いにくいですが……。
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CBDの下で、2011年から2020年までの行動を20の目標に整理した国際目標セット。達成すべき目標を具体化し、各国の進捗を比較・評価しやすくした。
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有機農産物とは、化学的に合成された肥料や農薬の使用を原則として制限し、土壌の健全性や生態系への配慮を重視する栽培基準に基づいて生産され、第三者認証を受けた農産物のこと。日本では、有機JAS認証が公的な基準であり、有機JAS認証を受けていない農産物は、食品表示として「有機」や「オーガニック」と表示できない。
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フェアトレードとは、生産者が不利になりやすい取引(買いたたき、長時間労働、児童労働など)を減らすために、最低価格やプレミアム、労働・人権、環境配慮などの基準を定め、第三者認証や監査で確認する仕組み。国際認証ラベルや企業独自の表示などさまざまな形式がある。
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