
真珠湾攻撃から80年、戦争と女性と情報(インテリジェンス)にまつわる秘史
ライザ・マンディ『コード・ガールズ』小野木明恵訳[16日刊]
2021年7月12日
小野木明恵
本書は、2023年刊行のThe Sisterhood: The Secret History of Women at the CIA(Crown)の翻訳である。このハードカバー版に若干の修正を加えたペーパーバック版が2024年に出版されており、最終的にはこちらを底本とし、「ペーパーバック版へのあとがき」も訳出した。これは、日本の読者もよく知るCIA(アメリカ中央情報庁)に勤務した数々の女性たちの歴史を追いかけた作品である。1947年に創設されたCIAは、第二次世界大戦中に設立されたアメリカ初の本格的なインテリジェンス機関、戦略事務局(OSS)を前身としている。その黎明期から、冷戦の時代、世界規模のテロリズム、そして2001年9月11日の同時多発テロ、その後のイラク侵攻とビンラディン狩りにいたる80年近い軌跡を、インテリジェンスの収集と分析に力を注いだ有名無名の女性たちの視線から描いている。CIA職員は、スパイ、諜報員、エージェント、アナリストなどさまざまな呼称があり、国家機密にかかわる任務を行っている。そのミステリアスでスリリングな雰囲気は小説や映画・ドラマの題材にぴったりで、話題作がいくつも世に出ている。この『ザ・シスターフッド』はフィクションではなく、実際の現場で長年にわたり実績を残してきた女性たちの実話であるが、その内容は驚きの連続で、現実はフィクションを軽々と超えていく。本作は米国の『ブックリスト』誌や『カーカス』誌といったレビュー媒体で高評価を受け、ピューリッツァー賞受賞作家スティーヴ・コール(『アフガン諜報戦争』『シークレット・ウォーズ』ほか)からも、CIAの歴史についてのわれわれの理解を書き直す「最高にエキサイティングなスパイ本(rip-roaring read about spycraft)」と賛辞が寄せられている。また、連続ドラマ化決定も報じられており、詳報が待たれる。
著者のライザ・マンディは、アメリカのジャーナリスト、ノンフィクション作家であり、本書を含め5冊の著作がある。そのうち邦訳されているのが、『ミシェル・オバマ』(渡辺将人監訳/清川幸美訳/日本文芸社/2009)と『コード・ガールズ』(小野木明恵訳/みすず書房/2021)である。『コード・ガールズ』(原著は2017年刊)はアメリカでベストセラーとなり、著者の名声を一躍押し上げた。次作『ザ・シスターフッド』出版以降も、講演会やブック・トークの依頼が引きも切らないようである。『ワシントン・ポスト』紙で長年記者を務め、現在も『アトランティック』誌、『ポリティコ』誌、『スミソニアン』誌などに寄稿している。ワシントンDCおよびロサンジェルス在住。
訳者は、マンディ氏の前作『コード・ガールズ』も翻訳を担当した。同作と『ザ・シスターフッド』に共通する特徴は、キーパーソンとなる複数の人物に焦点を当て、彼女らの任務と日常生活を描写しながら社会の動き・歴史のうねりを活写しているところだろう。このような、物語的(フィクション的)な文体や技法をもちいて実話(ノンフィクション)を語る手法は、ナラティブ・ノンフィクションもしくはクリエイティブ・ノンフィクションとよばれている。『コード・ガールズ』では、第二次世界大戦中に全米各地の大学などからリクルートされ、米陸・海軍で暗号解読者として勤務した女性たちが描かれる。歴史に名を残した人物も登場するが、無名の女性たちのほうが圧倒的多数だ。著者は、国立公文書館の史料を丹念に調べ、オーラル・ヒストリーを取材し、存命のコード・ガールズにはインタビューを行い、知られざる歴史を明らかにした。
本作『ザ・シスターフッド』でもその手法は健在である。第1部では、CIA前身の戦略事務局(OSS)による男女の選抜・採用経緯を臨場感をもって再現するとともに、伝説に名を残す男性インテリジェンス・オフィサーたちの裏の顔も語られる。1960年代になると、男たちに独占されていたインテリジェンス・コミュニティに飛び込んでくる若い女性たちも現れる。その主軸がリサとハイディという二人であり、不遇や困難を乗り越えて工作担当官として成長する姿が描かれている。リサは、外交官の父のもと世界を見て育ち、抜群の教養とスパイの資質を備えていたにもかかわらず、CIAの同僚と結婚したあとは、主婦という隠れ蓑のもとで無報酬の任務を課された(第7章)。それでも水を得た魚のように生来の才能を発揮し、上級幹部にまでのぼりつめる。一方ハイディは平凡な女子事務員としてリビアの支局に赴任し、その地でクーデターを目撃する。欧州各地の支局に勤務したのち、カンボジアでは支局長の片腕として活躍し、クメール・ルージュによるプノンペン包囲のなか現地人協力者らを撤退させ、自身も最後のヘリコプターで脱出した(第3章)。特例で工作担当官へと転身し、女性協力者の獲得・運用という独自のスタイルで成果を上げる(第8章)。その功績が認められ、まだ数名しか誕生していなかった女性支局長として地中海地方に赴任するが、マルタ島で航空機ハイジャック事件に遭遇し、これがハイディの運命を決定づけ、テロとの戦いに身を捧げる決意を固めた(序章・第9章)。
第1部後半から第2部では、世界各地の工作担当官たちが現場で収集したインテリジェンスを分析・加工し、秘密工作や対敵情報活動に役立てるという地道な任務を遂行する分析官たちについて語られる。70年代、80年代に入庁した大勢の女性分析官が登場するが、フォーカスが徐々に、シンディ、バーバラ、ジーナの3人にしぼられていく。彼女らは「強力な三人組」とよばれるようになり、テロ対策に邁進する。分析官は傍流の職務で、したがって女性の仕事だという偏見があった。そうした分析官の意見や警告に、CIA上層部や政府高官はなかなか耳を貸さなかった。しかし、彼女らが正しかったということは歴史が証明するとおりである。
大勢いたであろう女性オフィサーたちのなかで、なぜ、この数名にスポットが当てられているのか、という疑問を訳者は抱いたが、9・11(第20章)が近づくにつれ、その謎が解けていく。長年経験を積んできた彼女らが、それぞれ責任ある立場で、その日を迎えることになるのだ。彼女らのそれまでの道程は、9・11の同時多発テロと、続いてアメリカが突入した世界規模のテロとの戦いと深くかかわっていたことに読者は気づく。この構成は圧巻だ。
第3部では、テロの主謀者をひたすら追いかける標的担当官の描写が続く。分析官の流れをくむこの任務には多数の女性が携わっていた。ふたたびアメリカ本土へのテロ攻撃が実行されるかもしれないという恐怖のなか、敵を見つけて標的を定める。そして、アルカイダのリーダー、ウサマ・ビンラディン狩りが実行される(第27章)。
CIAを描いた作品(フィクション、ノンフィクション、映像作品)は数え切れないほどにあり、元CIA高官らの回顧録も多々ある(著者まえがき)。しかしそれらの多くは、高い地位にある男性視点のものであり、意思決定の場面や重大事件の発生時に激論を交わすのはほとんど男ばかりである。組織や部門のトップが男性であれば、成果物においては男性責任者らの名前が前面に出て、彼らの部下である実働部隊の人間たちは透明人間のように扱われてしまうものだ。それが男であれ女であれ、見落とされ、低く見積もられ、称えられることはない。この構図は、なにもCIAに限ったことではない。『コード・ガールズ』の舞台である暗号解読の世界でもそうだった。政治・経済、学問・研究、企業活動などを題材としたあまたの作品についても同じことが言えるだろう。本作は、見落とされがちだった現場の人間に光を当て、彼ら彼女らの人生をとおして歴史を見直す機会を与えてくれる。[中略]
本作を訳すにあたり、インテリジェンス関連の全体像をつかむため、この分野の教科書として定評のある『インテリジェンス──機密から政策へ』(マーク・M・ローエンタール著/茂田宏監訳/慶應義塾大学出版会/2011)を参考にした(原著は改訂が重ねられており、9版の新訳が2025年に小林良樹氏の訳で同社より出ている)。CIA(Central Intelligence Agency)などAgency のつく米政府機関の訳語も、同書に倣い「庁」とした。ただし、本作は一般読者向けの作品であるため、このほか多数の一般図書や映像作品も適宜参照し、一般読者への伝わりやすさを優先して訳語や表現を選択した。[以下略]
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