2018年に刊行され、翌年に第70回読売文学賞〈随筆・紀行賞〉を受賞した『外地巡礼――「越境的日本語文学論」』を受け継ぐ一冊が、ついに登場する。
世界文学重層――自身の文学探究の旅は「複数言語のせめぎ合いのなかから生まれた文学に照準を当てるところから始まった」と振り返る著者が、「重層」という言葉にこめたものはいったい何なのだろうか。
2019年の6月10日、「国際日本研究コンソーシアム」主催の「グローバル・ヒストリーと世界文学」と題された国際ワークショップに招かれた際の講演「世界文学は何語で書かれるか」のなかで、私はこんな比喩を用いた――《いくつもの「語圏」という名のクレープが、いくつも重なり合ってミルクレープのような形で作り上げられているのが「世界文学」》だと。(本書7頁)
比較文学者である著者は、ポストコロニアル批評の分野で「英語圏文学」「フランス語圏文学」「ポルトガル語圏文学」というときの「語圏」という言葉の用法に「ずっと違和感をおぼえてきた」という。
ここで用いられている「語圏」という言葉は、「帝国」の「支配圏」なるものとの親和性がきわめて高いことになる。
ただ、私が『外地巡礼』を書きながら考えていたのは、「日本語圏」は、かならずしも帝国日本の版図にかぎられるわけではなく、南北アメリカの日本人移住地もまた「日本語圏」の「飛び地」だということだった。
それらの地域では、世代交代とともに日本語の使用範囲が局限されることになるし、かりに移民第二世代が文学創作に挑むとしても英語やポルトガル語あるいはスペイン語にすがるしかなくなっていく。しかし、そこには日本語圏の一翼をになっていた日本人居住地の「共通語」(ブラジルでは、ポルトガル語まじりのそれを「コロニア語」の名で呼ぶ)の響きや香りが染みついている。(……)
つまり「語圏」という言葉は、そもそも「その言語が話されている」(-phone)を意味するのであって、「英語圏文学」や「フランス語圏文学」は、大半が「元・帝国の言語」で書かれるとはいえ、出身地の「母語(的なもの)」をたずさえて労働移民として世界に散らばったディアスポラの民は、その「母語(的なもの)」を居住国が「国語」として認定していようといまいと、「帝国」の「語圏」の担い手であると同時に、そうした「異なる語圏」の構成員でもありつづけるのである。
その意味では、南北アメリカのコリアン作家たちが英語やスペイン語やポルトガル語で書き、旧ソ連邦の「高麗人」がロシア語で書き、なにより在日コリアンの作家が日本語で書く豊かな作品群は、韓国=朝鮮語で書かれていないからといって「韓国=朝鮮=高麗語圏文学」の名に値しないと考えるべきではない。(本書260-261頁)
『外地巡礼』からも、引いてみる。
そもそもイェジー・コシンスキの『ペインティッド・バード』(The Painted Bird, 1965)あたりは言うまでもないが、カーツェトニク135633(イェヒェル・デヌール)の『人形の家』(בית הבובות ,1953)も、エリ・ヴィーゼルの『夜』(La Nuit, 1958)も、プリモ・レーヴィの『休戦』(La tregua, 1963)も、ケルテース・イムレの『運命ではなく』(Sorstalansag, 1975)も、それらはすべて「ポーランド文学」の名前で読んでいいものだと私は思っている。それぞれの作品のなかでポーランドが「決定的な事件」と切っても切り離せない場所であるかぎりにおいて、それが何語で書かれたかは問題ではない。(142頁)
「外地」へと進出していった移住者・入植者、あるいは派遣されたり、取材を目的として渡航した作家たちによる「外地の日本語文学」。
植民地に生まれ育ち、引揚げによって外地が「故郷」から「異郷」へと化した内地人作家の文学。
出兵経験を経て書かれた、復員者たちの文学。
文学的企図をもって、あえて宗主国の言語で書くことを選びとった旧植民地作家の文学。
朝鮮半島、台湾から海を越えて合衆国や南米、そして日本へ渡り、移住地の言語で表現する作家たちの文学……
固有の言語・文化とともに人が地球上を移動し、異なる「語圏」との接触を積み重ねて、「二重、三重、四重の「語圏」を渡りあるく、思考のサーフィンともいうべき生」をいきる。こうした生を常態として書かれた作品の作者自身が「多言語話者」であるかどうかを、本書は問題にしない。登場人物たちが話す言葉が、あるひとつの言語だけだったとしても、「異言語との不断の接触・隣接関係が個々の作品のなかでどのように描かれるかを問うことによって、はじめてその作品の全貌が明らかになってくる」ような作品でさえあるなら、それはここで読み、論じられる対象となる。
他言語・異文化との境界上に花開く「異邦人の文学」が、単一言語主義に支配された「国民文学」の垣根を越えていくとき、それらは、国境線で切り分けられた「各国文学」の寄せ集めではなく、複数の「語圏」が重なり合う、文字通りの〈世界文学〉へと姿を変える。
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