本書刊行日の5月10日現在、イスラエルとパレスチナの紛争をめぐる状況は依然として緊迫しています。
元イスラエル諜報機関トップのアミ・アヤロン氏によれば、「この戦争は戦場で決着をつけられない」(『朝日新聞』2024年4月11日、5月8日)。戦争の決着が戦場でつかないなら、武力に訴えること自体が無意味です。イスラエルの目標はハマスの壊滅で、そのために武力は合理的な選択かもしれませんが、ハマスを掃討したとしても別の武装勢力が興隆するでしょう。ハマスによる奇襲攻撃はイスラエルに対する抵抗だとしても、イスラエルからの報復にさらされるパレスチナの一般市民をどうするつもりだったのでしょう。双方の行使している武力はどちらの安全保障にも役立っておらず、状況を悪化させているように見えます。イスラエルとパレスチナの和平交渉は失敗を重ねてきました。その交渉も2014年4月を最後に途絶え、今日の事態を迎えています。だとしても、そしてこの状況の決着が戦場でつかないならば、対話や交渉を再開する以外にいったいどんな道があるでしょう。
本書は過去30年の和平交渉の経緯をつぶさに記録した労作です。無数の報道や、仲介した欧米諸国の政府文書、イスラエルとパレスチナの公式発表文書、研究者による論文や著書などに散逸したままになっている情報をまとめて一望できる著作は、おそらく英語圏でも出ていません。パレスチナの交渉姿勢はなぜあのように不可解なのか(「彼らは全てかゼロかを要求して、そして全てを失った」)。イスラエルはなぜ堂々と国際法を破ることができるのか。過去の和平交渉はどれも似たようなパターンで潰えてきたことが本書から窺えますが、ということは解決を妨げているものはいつも同じなのではないか。一刻も早い再開が望まれる和平交渉は、今後どうあるべきなのでしょう。それを考えるための基本情報と洞察を本書は具えています。