みすず書房

新刊紹介

著者みずから編纂に携わった唯一の論集

2023年3月10日

泉々――およそ哲学書らしからぬタイトル。著者名を見なければ、詩集のようにも見えるのではないだろうか。

ウラジーミル・ジャンケレヴィッチ(1903-1985)が、みずからその編纂に携わった唯一の論集、それも初の論集が本書である。

訳者は、Sourcesという原書タイトルについて、こう述べている。

『泉々』と訳してみたが、sourceというフランス語は「湧き出る、出現する」を意味するsourdreから生まれた語で、その点では、ドイツ語のUrsprungと同様である。
人間は複数の根を持つ、とシモーヌ・ヴェイユは言ったが、ここでもsourceは複数形で、いくつもの地下水脈がある人間のうちで合流して湧出する様を表しているように思われる。それぞれ性質を異にする水々が区別不能な仕方で混じり合う。これは数的ならざる質的多様性の典型ではないだろうか。私たちの身振り、言葉のひとつひとつが、私たちの存在そのものが、このような泉々の湧出なのだろう。あなたのなかでも、きっといろいろな水脈が音を奏でていることだろう。
本書で言えば、ロシアの文学と音楽、ユダヤ性とイスラエル、フランスの哲学界とソルボンヌ、である。ロシア革命ゆえに、ニコラ・ベルジャーエフやレフ・シェストフがフランスに亡命していた1920年代、「ロシア・ルネサンス」(ピエール・パスカル)とも呼ばれる時期に、ジャンケレヴィッチが学生時代を過ごし、父親の縁故で、これらの思想家たちと交流していたということも、付言しておくべきだろう。

生誕120年を記念する今年、フランスでは、年頭からこの哲学者の仕事を新たにまとめた本が刊行されている。ジャンケレヴィッチのアクチュアリティを感じさせる。

Sourcesが世に出たのは、ジャンケレヴィッチがパリに没する1年前のことだった。没後の1988年には2冊目の論文集である『音楽と時々』が、1994年には『最初と最後のページ』が刊行されている。

『泉々』で、ジャンケレヴィッチとともに編纂にあたったフランソワーズ・シュヴァブは、『最初と最後のページ』の序文にこう書く。「本書は、学生や研究者や、未来の伝記作者たちのための道具箱たらんとする」、と。

道具箱、それは第一論集である『泉々』にも、もちろんあてはまるだろう。「ウラジーミル・ジャンケレヴィッチの忠実な読者たちにとって、そしてまた、彼の思想をたまたま発見することになるかもしれない読者たちにとっての」道具箱。

泉々――詩集のようなタイトル、それも自然なことかもしれない。ジャンケレヴィッチの音楽論にはその哲学が流れこみ、哲学論考には音楽と詩が流れているのだから。