1964年におこなわれた、ジャーナリスト、ギュンター・ガウスによる有名なテレビインタビュー(https://www.youtube.com/watch?v=dsoImQfVsO4&t=26s)の冒頭、「あなたはこのインタビューシリーズに、一般的には極めて男性的な職業と考えられている哲学者として出演する、初めての女性です。…あなたが女性であるということは、哲学者サークルでのあなたの役割を特別なものにしていると思いますか?」という前ふりに、アーレントは出鼻をくじくかのように「私は哲学者サークルの一員ではありませんし、私は自分を哲学者と感じたことはありません」と応じている。煙草を手に緊張した面持ちながら、単純に理解されるのを拒むような鋭利な言葉を投げつけるその様は、アーレントの複雑さを表してあまりあり、見るものに強烈な印象を残します。
本書の冒頭で、著者クリムスティーンも「最後に残る(そして最初からある)疑問。なぜこの人物は、おそらく20世紀の最も偉大な哲学者は、哲学を捨てたのだろうか?」と問うています。
問題設定は明確であるが、著述は文学的で多重性をもつアーレント、「有害な真実」を見抜き見据え勇敢で物議を醸すアーレント――これまでの思想家の誰とも似ていない全く独自の思考、「手すりなき思考」のさまを著作のかたちで私たちに実践してみせたアーレントという不世出の女性思想家は、どのようにして生まれたのか、その人生の物語を、自らもユダヤ人である著者クリムスティーンが繊細に、大胆に、謎を紐解くかのように、知識と技と想いをこめて描き出しています。
本書のテーマカラーである緑は、アーレントが学生時代いつも緑のワンピースを着ていたこと、さらに、本書の最後にたどりつくハンナのヴィジョンである「新しいものを作り出す」という出生の色、そして、地球への愛を著したアーレントの心象を象徴しているものです。
クリムスティーンは、新聞や雑誌等で風刺漫画を発表する傍ら、ユダヤ人をテーマにしたグラフィックノベルを出版しており、2作目である本書によって高い評価を受けました。このアーレントのエッセンスが濃縮されたグラフィックノベルが、アーレントの著作への入口となること、そしてアーレントへの興味をさらにかきたてるものとなることを願っています。
(編集担当 小川純子)