精神科医の中井久夫先生が、2022年8月8日に亡くなりました。みすず書房からは50冊をこえる本を刊行させていただきました。先生への感謝と追悼の意もこめて、全11巻の著作選集「中井久夫集」をはじめ、その代表作を中心に中井先生の仕事を振り返り、ここにあらためてご紹介申し上げます。
中井久夫集
(全11巻)
1964年から2012年までに発表された文章を年代順に編集し、全11巻で構成した選集。
精神医学の高度の専門論文および小社刊『最終講義』『西欧精神医学背景史』、他社刊行の『分裂病と人類』など一部の単行本は除く。
われわれは、激動する現代社会のなかで日々を送っており、それは、われわれの心を日々ゆさぶってやまない。われわれは、自分の心の正常さを、その中で、いわば、日々作り直し、日々、取り戻さねばならないのである。
(1巻所収「現代社会に生きること」より)
最終講義
1997年3月5日、聴衆で立錐の余地のない神戸大学医学部第五講堂で、文字通りの第一人者が30年間を語り下ろした白熱の講義録。
どんな面白い推理小説でも最初の五ページは面白くないものです。まして精神医学の話ですから、しばらくは辛抱して聞いて下さい。精神医学は目に見えないもの、語りにくいものを何とか目に見える形に表し、ことばで輪郭なりとも描こうとする試みでもあります。
私どもの教室では皆が総がかりで今から述べるようなことをやっているわけではありません。皆さんがいろいろなことをやっているわけですが、てんでばらばらかというと、そうではなくて、臨床医学ですから臨床を第一義におき、大切にする、この一点でずっとまとまってきたと私は信じています。
(「はじめに」より)
徴候・記憶・外傷
人間の根源的な能力ともいえる「記憶」とは一体どのような意味を持つものなのだろうか。この巨大で困難な問題に、さまざまな領域を横断し、さまざまな方法を駆使しながら迫った、精神科医・中井久夫の学問的到達点が本書である。
私が、柄にもなく予感と徴候、余韻と索引についての一文を草する気になったのは、結局、半分は、私の仕事である精神医学が、現前よりも、これら現前の周縁に揺曳するものに多く触れるからである。ひとつは、私の気質である。私は、早くから、生きるということは、予感と徴候から余韻に流れ去り索引に収まる、ある流れに身を浸すことだと考えてきた。
(「「世界における徴候と索引」について」より)
* 本書所収の「世界における徴候と索引」および「「世界における徴候と索引」について」は『中井久夫集』第3巻に、「統合失調症とトラウマ」は『中井久夫集』第8巻にも収録されています
西欧精神医学背景史
新装版
「人類史の中でヨーロッパとは何か」。若き日の著者をとらえつづけた問いへの答えを探りつつ、広範な分野の研究書を渉猟し、構築された異色の精神医学史。古代ギリシアから中世の魔女狩りを経て、フロイトまで。
進歩とはなかんずく、邪悪なるものの排除であった。この観点からする時、魔女も、働かざる者も、理性をもたざる者も、伝染病者も、いな病もその原因たとえば細菌も、医学においても看護においても排除清掃されるべきものであった。病気あるいは病者との共存は今後の課題となろう。
中井久夫 みすず書房の刊行書一覧
(年代順・すでに品切れとなった書籍を含みます)
サリヴァン『現代精神医学の概念』(1976 翻訳)
サリヴァン『精神医学の臨床研究』(1983 翻訳)
ペリー『サリヴァンの生涯 1』(1985 翻訳)
『現代ギリシャ詩選』(1985編訳)
サリヴァン『精神医学的面接』(1986 翻訳)
ペリー『サリヴァンの生涯2』(1988 翻訳)
『カヴァフィス全詩集』(限定版1988 翻訳)
『異常心理学講座 9 治療学』(1989 論文執筆)
サリヴァン『精神医学は対人関係論である』((1990 翻訳)
『リッツォス詩集 括弧』(1991 翻訳)
『カヴァフィス全詩集』(普及版 1991 翻訳)
『記憶の肖像』(1992)
E・M・フォースター著作集 12『民主主義に万歳二唱 Ⅱ』(1994 部分訳)
サリヴァン『分裂病は人間的過程である』(1995 翻訳)
『1995年1月・神戸』(1995 編著)
『家族の深淵』(1995)
ヴァレリー『若きパルク/魅惑』(1995 翻訳)
『昨日のごとく』(共著 1996)
ハーマン『心的外傷と回復』(1996 翻訳)
『アリアドネからの糸』(1997)
『最終講義――分裂病私見』(1998)
ハーマン『心的外傷と回復 増補版』(1999 翻訳)
バリント『一次愛と精神分析技法』(1999 翻訳)
『災害とトラウマ』(1999 共著)
『西欧精神医学背景史』(1999)
ヤング『PTSDの医療人類学』(2001 翻訳)
『清陰星雨』(2002)
『エランベルジェ著作集』全3巻(1999-2000 翻訳)
エランベルジェ『いろいろずきん』(1999 画・翻訳)
パトナム『解離』(2001 翻訳)
『若きパルク/魅惑』(改訂普及版 2003 翻訳)
『徴候・記憶・外傷』(2004)
カーディナー『戦争ストレスと神経症』(2004 翻訳)
『時のしずく』(2005)
『関与と観察』(2005)
神谷美恵子コレクション『本、そして人』解説(2005)
『樹をみつめて』(2006)
『サリヴァンの精神科セミナー』(2006 翻訳)
『日時計の影』(2008)
クッファー他編『DSM-V研究行動計画』(2008 翻訳)
リデル『カヴァフィス 詩と生涯』(2008 翻訳)
『臨床瑣談』(2008)
『臨床瑣談・続』(2009)
『統合失調症 1・2』(2010)
『ヴァレリー詩集 コロナ/コロニナ』(2010 翻訳)
『災害がほんとうに襲った時』(2011)
『復興の道なかばで』(2011)
『サリヴァン、アメリカの精神科医』(2012)
『「昭和」を送る』(2013)
『統合失調症の有為転変』(2013)
『中井久夫集』(全11巻、2017-2019)