1995年1月に発生したマグニチュード7.3の巨大地震に伴う阪神・淡路大震災から、今年で30年が経ちます。発災当時、神戸大学所属の医師として、また神戸の住民として、被災者のメンタル・ケアに尽くし、のちに「兵庫県こころのケアセンター」の所長も務めたのが、精神科医の中井久夫(1934-2022)です。この機に、中井の膨大な仕事を振り返るよすがとなる著書や関連書を紹介します。
1. 中井久夫『執筆過程の生理学――中井久夫集5 1994-1996』
(2018年刊)
患者と治療者、病院が同時に被災した神戸で、精神科医療はいかに行われたのか。みずからの被災体験および被災者ケアの現場手記である「災害がほんとうに襲ったとき——1995年1月17日-3月2日」をはじめ、精神科医が関与観察した震災の記録を中心に編む。中井とともに被災者の心のケアにあたった精神科医で、2025年1月放送のNHK・Eテレ「100分de名著」でも取り上げられた教え子・安克昌の著書に寄せた「安克昌『心の傷を癒すということ——神戸365日』序文」も収録。
2. 中井久夫『災害と日本人――中井久夫集7 1998-2002』
(2018年刊)
災害によるトラウマをたどり、そこから他者の心の傷への共感が生まれる可能性を説いた表題作ほか、「トラウマとその治療経験」「安克昌先生を悼む」等31編。
3. 中井久夫『世界における索引と徴候――中井久夫集3 1987-1991』
(2017年刊)
2022年12月放送の「100分de名著 中井久夫スペシャル」でも紹介された「『昭和』を送る——ひととしての昭和天皇」をはじめ、多様な分野をテーマに精神科以外の読者を獲得していた時期の文章、長短26編を収録。
4. 中井久夫『最終講義――分裂病私見』
(1998年刊)
「分裂病は……私の医師としての生涯を賭けた対象である」――30年間を分裂病(現在では統合失調症)の治療と研究に尽くしてきた精神科医が語った、神戸大学医学部における1997年の最終講義録。
5. 中井久夫『徴候・記憶・外傷』
(2004年刊)
人間の「記憶」が意味するもの。その深層に、臨床の現場から、さらには哲学、文学、心理学、認識学、犯罪学などさまざまな学問分野を横断しながら迫った精神科医・中井久夫の学問的到達点。
6. 中井久夫『西欧精神医学背景史』【新装版】
(初版1999年、新装版2015年刊)
ヒポクラテース、ガレノスからブールハーフェ、ピネル、そしてフロイト——幾多の分水嶺を持ちながら現代に至る精神医学の流れを、西欧の宗教的倫理観・人間観との関連の中で縦横無尽に論じる。キリスト教と意識概念との関連、1970年代以後の動向についての一文を新たに付す。
7. ジュディス・L・ハーマン『心的外傷と回復』【増補新版】
中井久夫・阿部大樹訳(初版1996年、増補版1999年、増補新版2023年刊)
あらゆる心的外傷(トラウマ)の諸相とその治療の方向性、回復への道を具体的・情熱的にしめした『心的外傷と回復』は、1992年の初版以来、世界中の読者から感動をもって迎えられ、トラウマ問題の「バイブル」の地位をゆるぎないものにしている。原書2022年版にもとづき、長大な「あとがき――心的外傷の弁証法は続いている(2015)」と「エピローグ(2022)」を付した増補新版。読み継がれてきた中井訳を踏襲し、増補部分を阿部が訳出。
8. フランク・W・パトナム『解離――若年期における病理と治療』【新装版】
中井久夫訳(初版2001年、新装版2017年/24年刊)
解離とは、解離性障害とはなにか。病因としての児童虐待や性的虐待から、多重人格性障害についての詳細な診断、発達途上の児童/青年に行なうべき治療まで、長年の研究にもとづいて「解離」を包括的に描いたはじめての書(注:「解離性障害:通常は統合されている意識・記憶・自己同一性などが混乱し、連続性がなくなったり、失われたりする障害。強いストレスや心的外傷が原因で発症すると考えられている」〔デジタル大辞泉より〕)。
9. 宮地尚子『環状島=トラウマの地政学』【新装版】
(初版2007年、新装版2018年刊)
著書のなかで中井にインタビューするなど交流があり、NHK・Eテレ「100分de名著『心の傷を癒すということ』」でも指南役を務めた医療人類学者・精神科医の著。「環状島」をモデルに、加害者も含め、トラウマをめぐる関係者のポジショナリティとその力動を体系的に描く。トラウマをめぐる全体像とあるべき方向性をしめした初めての試み。
10. 最相葉月『中井久夫 人と仕事』
(2023年刊)
「患者とは考え、考え、考え、考えている者である」。われわれの世界に数々の知恵と言葉とヒントを遺し、2022年にこの世を去った精神科医・中井久夫。ノンフィクション作家である著者は『セラピスト』(新潮社、2014)以後も中井の聞き書きをつづけ、その生涯と仕事を追いかけてきた。『中井久夫集』(全11巻)の「解説」を大幅改稿。1960年代前半、精神科医誕生の前後からその死までを軸に、統合失調症やトラウマ研究はじめ医療とケア、膨大な執筆や翻訳、人との付き合いなどをつぶさに記す。詳細な年表付き。