みすず書房

新刊紹介

その全体をしるす、はじめての本

2023年8月1日

2022年8月8日に88歳でこの世を去っていった中井久夫。
それまで不透明であった日本の統合失調症治療に目鼻をつけ、患者や関係者や医師などに希望と方向性をしめしたひと。
1995年の阪神・淡路大震災下、神戸内部から被災者はじめ心のケアの重要性に直面し、その後のトラウマ研究に尽力したひと。
その過程で、「いじめ」のあり方を分析し、予防と介入と勇気づけの大切さを伝えたひと。
併せて、看護の大切さ・ケアの意味に言及し、実践したひと。
戦争と平和の関係を独自の観点から考察したひと。
アメリカの精神科医サリヴァンや、トラウマ研究のバイブル、ハーマン『心的外傷と回復』はじめ多くの精神医学関係の翻訳書を世におくるいっぽう、『カヴァフィス全詩集』など数々のギリシャ詩の翻訳を手がけ、ヴァレリー『若きパルク/魅惑』などの新訳にもチャレンジし、詩の世界に影響をあたえたひと。
日本語のあり方を考え、論文であれエッセイであれ短文であれ書くことにこだわり、その膨大な言語作品によって文学界に強い刻印をのこしたひと。
そしてなにより、患者はじめ弱い立場にあるひとを励まし、勇気をあたえたひと。

このような多くの視点から、この一年間に中井久夫を追悼する数々の文章が書かれてきた。そして、その全体をはじめて一書にしるしたのが、最相葉月による本書である。
中井久夫への長年の聞き書きと関係者への取材、そして中井久夫の文章を何度も読み返してわかってきたことを調合してできあがった本書は、精神科医・中井久夫のスタイルそのまま、みごとな関与観察の成果になっている。

本書カバーについて
カバーは、中井久夫が神戸大学病院の新しい精神科病棟「清明寮」の設計に参与したときに描いたスケッチの一枚(1993年)。「清明寮1階。特記していない部屋は病室である。なお窓は天井まである」と、中井の説明がある。清明寮は1994年5月に完成した。