みすず書房

新刊紹介

『イヤー・オブ・ワンダー――365日のクラシック音楽』ためし読み

2025年12月10日

BBCラジオ3「ブレックファスト・ショー」の司会者として、クラシック音楽の世界に新しい聴き手を招き入れてきた著者が、1日1曲ずつ、中世から現代までの作曲家とその音楽を紹介。1日の中にわずかな時間をつくってクラシックを聴けば、心を揺りうごかすもの、高揚させてくれるものに出会い、愉しさとインスピレーションに満たされる…

なんとなくクラシックを敬遠している人、聴いてみたいけれど何から聴けばいいかわからない、そんな人はもちろん、クラシック・ファンも唸らせるスーパー・プレイリストの中から「12月」の3曲をご紹介しよう。

(本書がとりあげる楽曲は、Apple Musicや Spotifyといった音楽ストリーミング・プラットフォームに月別のプレイリストが公開されている。作曲家名・曲名による動画検索で、Youtubeなどにアップされている演奏を聴くこともできる)


12月3日

〈ファンダンゴ〉

アントニオ・ソレール
(1729-1783)

今日は思わず足でリズムを取りたくなるような軽くて楽しい曲を紹介しよう。根本的変革の考えをもった神父は、18世紀後半のスペイン最大の作曲家のひとりでもあった。この日に洗礼を受けたソレール神父はドメニコ・スカルラッティ(10月26日)に教えを受け、23歳のときに聖職者になって、スペイン・ルネサンス期にマドリード近郊に建てられたエル・エスコリアルの荘厳な聖ヘロニモ修道院のオルガニストを務めた。

ソレールはすばらしい才能をもつ音楽家であり、スペインの王族のチェンバロ教師となった。作品としては鍵盤音楽、教会カンタータ、珍しい編成のための室内楽曲、協奏曲、さらにはスペイン〔文学〕黄金期のシェイクスピアのようなカルデロン・デ・ラ・バルカの演劇のための劇付随音楽など多岐にわたる。その音楽からは好奇心旺盛で、枠にとらわれない野心的な考え方が聴き取れよう。意表をつく和声進行や、複雑なカノン、ときには微分音などをやってみている(その微分音を演奏するために彼はまったく新しい鍵盤楽器、アフィナドールを発明することになった)。1762年には、そうしたアイディアを音楽理論書『転調の秘訣と古楽』にまとめたが、これは伝統的な和声を重んじる人々のあいだでかなりの論争を引き起こした。

私は特にこの昨日作ったかのようなファンダンゴが気に入っている。これは本当だけれど、ソレールのベースドロップの作り方は、現代のDJも教えられるところがあるはずだ。

 

12月6日

〈ルクス・アルムクェ〉

エリック・ウィテカー
(1970-)

今日もクリスマス向きの曲として、グラミー賞受賞のアメリカの作曲家エリック・ウィテカーによる混成合唱のための光を放つ作品を聴いてみよう。

ウィテカーはクラシックの世界の枠を超えて〔その音楽が〕聴かれている現代作曲家のすばらしい例だ。国連や世界経済フォーラムのスピーチ・プログラムに登壇したり、iTunesフェスティバルに出演したり、自身のヴァーチャル合唱プロジェクトでTEDスピーカーとしてメインステージへ2度登壇した。これは過去に類をみない、地球上の少なくとも110ヶ国の歌い手をつないだデジタル「公演」で、その動画は2011年にYouTubeに上げられた。(以来、ゆうに500万回以上視聴されている――現代のクラシックの合唱曲としては悪くない数字だ)

ラテン語で歌われているが、曲のインスピレーションはウィテカーと同世代のエドワード・エッシュの英語の詩「光と黄金」からきている。その「本物の、洗練されたシ
ンプルさ」にたちまち惹かれた、とウィテカーは話す。「曲が成功するためにはシンプルなアプローチが必須で、密集した和声がきらきらと光を放つまで、私はじっと待ちました」

まさにそのとおりの曲だ。

 

12月26日

〈スターバト・マーテル〉

ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ
(1710-1736)

これまでヴィヴァルディ(4月18日)、アリッサ・フィルソヴァ(7月24日)が魅力的な曲にしているのを聴いてきた〈スターバト・マーテル〉の第3弾、そして今年最後の〈スターバト・マーテル〉は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージのもの。26歳で結核に倒れたペルゴレージは、その短い人生にあっといわせるようなことをやってのけた。オペラや協奏曲などその音楽はいくつもの形式にわたり、今日の私たちにはまったく古来のものと聞こえても、当時は、それを根底から覆す新しい、聴き手の心に直接響く様式の創始者とみなされていた。彼の次の世代のあるフランスで活動した作曲家は、「ペルゴレージが生まれ、真実が明かされたのだ!」と熱心に賞賛した。

〈スターバト・マーテル〉以外のそうした作品にもかかわらず、ペルゴレージの名前が音楽史に刻まれたのは、13世紀のカトリックの聖歌の、胸が張り裂けるような彼なりの解釈である。灼けつくような痛みの感情、ときに不協和なソプラノとアルトの二重唱は、磔台の下で夜を明かしたマリアを、ときに優しく心に触れ、ときに苦悶そのものの音楽のうちにまざまざと甦らせる。作品は当初より聴衆の心をとらえ、18世紀にもっとも頻繁に印刷された音楽作品となった。その評判はたちまちヨーロッパ中に広がり、イギリスではアレクサンダー・ポープの詩を、ドイツではフリードリヒ・ゴットリープ・クロップシュトックの詩をこの音楽にのせるなど、別のものに用いられた。他方バッハはこの曲に完全に圧倒されてしまい、詩篇51〔の言葉〕を乗せるのにペルゴレージの曲をそのまま下敷きにして編曲した(BWV1083)――それは彼の最大の賛辞のあらわれであったのだ。