みすず書房

新刊紹介

マンガで知る・考える、ジェンダー多様性の現在地とこれから

2025年10月14日

ジェンダーの話は難しい、そしてややこしい。
異なる性自認や性的指向のことに無知な自分が、軽はずみにジェンダーのことなんか話題にしたら、われ知らず誰かを傷つけてしまいそう。
そんな苦手意識からLGBTQ+やジェンダー多様性についての解説書を手にとると、冒頭から覚えなくてはならない用語だらけ……。
ジェンダーやセクシュアリティは誰にもつきまとっているものなのに、ジェンダー多様性というテーマはどうしてこんなにハードルが高いの──?

そんなふうに感じていたときにこのコミックに出会い、なんて自然で、気持ちのいいアプローチなんだろうと思いました。
自身も性や身体への違和感に悩むセクシュアル・マイノリティである著者が、さまざまな性自認・性的指向をもつ市井の人々56人にインタビューし、人々の生きた語りそのものからジェンダーやセクシュアリティの多様性について知り、考える作品です。

登場人物の多くがセクシュアル・マイノリティであり、その言葉や様子のディテールが、まるでこちらもインタビューに同席しているかのような臨場感や温かみをもって、語りかけてきます。
多くの解説書にあるような整理された理論理屈はいったん忘れて、まずこの人たち一人一人の経験の機微を体感することのなかに、とても多くの学びがあります。

エンネ

カッシー

デマリ

超匿名

ダイキリ

同時に本作は、「自分もジェンダー的経験について語ってみよう」という気持ちを鼓舞してくれる作品でもあります。
三木那由他さんが巻末付録の素晴らしいエッセイでさっそく、ジェンダーをめぐる経験についてのご自身の語りを始めてくれています。
人それぞれのジェンダーの経験の話を、もっと気軽にできるようになるだけで、この社会はずいぶん変わるかもしれません。

ジャック

とても個人的で、個別的でありながら、社会的会話が必要なこのテーマについて、本書の語り手の一人は、こんなふうに言っています。
「ジェンダーって、なんていうか、
だれもがちょっと奇妙なやり方で経験するものだし、
だれもがジェンダーの話を、
恋愛の話をするように語ったらステキじゃない?
(中略)
恋にもいろいろある。
どの恋もちょっと奇妙、
それでも他人と恋の話をすることはできる。
わたしが求めているのはそういうこと」

マーラ

『FINE 聞いてみたら想像以上に人それぞれだったジェンダーとかの話』より(マーラのコマ)

著者のレア・ユーイングは米国在住のトランスジェンダーであり、ほかの語り手たちの多くも米国中西部の7つの州に住む人たちです。
ドナルド・トランプが初当選した2016年の米大統領選のあと、著者自身
「心が折れてしまった」「うつのサイクルから抜け出せなくなっていた」
というエピソードも出てきます。

レア

別の語り手は、自分が属していたトランスジェンダー支援コミュニティで2016年以降雰囲気が変わって政治的な議論が多くなり、
「でもそこにはちょっと悲壮感みたいなものがあって、それが、実際に支援を得るという点でかえってよくなくて」
と吐露しています。

第一次トランプ政権の時ですらそうだったのに、反DEI・反トランスジェンダー政策を暴力的に進めている現政権下で、全米のセクシュアル・マイノリティがいまどれほどの不安と恐怖の中にいるか、想像に余りあります。
本書の刊行が、気づかれにくいたくさんの困難への関心を少しでも高めるきっかけになってほしいと思います。
(編集担当 市原加奈子)

既刊書より