みすず書房

新刊紹介

ルドゥー『存在の四次元』紹介

2025年3月7日

本書『存在の四次元』は、大きくまとめれば、人間の意識について一般向けに書かれたポピュラーサイエンスの本です。しかし、その議論は意識の科学だけでなく、生物学全体への提案を含んだものとなっています。本書を手に取った方は、扱う話題の広さにすこし面食らってしまうと思いますから、そのギャップをなるべく減らせるようなご紹介をいたします。

タイトルの意味

まず、『存在の四次元(The Four Realms of Existence)』というタイトルの意味に、説明が必要でしょう。ここでいう「四次元」とは、人間をはじめとするあらゆる生物を眺めるときに着目すべき、四つの階層のことで、縦・横・高さ・時間からなる四次元時空のことではありません。

現生生物はすべて、はるか昔の生命誕生から今にいたるまで重ねてきた進化の結果として今を生きています。生命誕生と進化の歴史のなかで、生物は外界とのしきりになる膜を獲得して代謝をはじめ、外界の様子を知覚したりそれに反応したりするための神経系を獲得し、神経系が発達して未来予測やシミュレーションを可能にする認知能力を獲得し、認知能力を複雑なしかたで操る意識が生じました。

著者ルドゥーは、進化で獲得したこうした機能を目印に、生物のありようを「四つの次元」に分けました。代謝や摂食・排泄など生物としてのベーシックな要求を満たす「生物的次元」、外界の知覚と反応に関与する「神経生物的次元」、空間把握や計画立案に関係する「認知的次元」、そして遠い過去・現在・はるか未来をふくむ複雑な想念を操る「意識的次元」。

人間を、これら四つの次元が重なり合ったもの、すなわち「次元のアンサンブル」として観察し、各次元の特徴やそれらのつながりを探求することで、人間という存在を有意義に理解できるのではないだろうか。これが本書で提案される「四つの存在次元」理論であり、タイトルが意味するところです。

この理論には、還元主義的な科学への著者の考えが反映されています。科学者コミュニティの一部には、生物とは煎じ詰めれば化学反応の集積であり、化学反応とは煎じ詰めれば微粒子の振る舞いであるから、原子や分子、そしてその構成要素である素粒子の振る舞いを理解すれば、天下り式に生物が理解できる、という空気があったし、今もあります。この空気に賛成していない著者は、素粒子を理解できても生物の意識や行動を理解することは(少なくとも今は)できないという実感のもと、あくまで生物のレベルで対象を理解するための理論が必要である、という立場をとっています。

本書の問題意識

本書は「意識とは何か」という問題を科学の方法で解くことに照準をあわせています。この問題はつきつめると、「人間であるとはどのようなことか」と言い直すことができます。問題のかたちがこうだと、哲学の話かしら、とまず思う方もたくさんいるでしょう。

科学で意識を理解しようというとき、何を見つければ理解したことになるのかをまず定めなければ、何も見つけることはできません。意識を問題にするなら、ほかの動物にくらべて明らかに調べやすい人間の意識に目が行くのは自然な流れであり、そうなると人間はどのような意識を持っているのか、すなわち人間であるというのはどんな感じなのか、ということを考える必要が出てきます。

つまり上述の問題は、科学の問題でありながら哲学の問題でもあり、両面で立ち向かうべき問題なのです。神経科学の分野で長年にわたって意識の研究に携わってきた著者は、人間の意識に関する議論には分野を問わず目を向け、哲学、心理学、認知や行動に関する新しい研究領域の栄枯盛衰に立ち会ってきました。そうした見聞を幅広く踏まえた記述が、本書には収められています。

したがって本書を読めば、人間意識の研究史を広く知ることができます。歴史だけでも多くの文量が割かれていますが、しかし、本書が伝えたいのは歴史ではなく、議論の蓄積から見えてきた問題の形です。そしてさらに、その問題の形に対して新しく提案する「四つの存在次元理論」と、この理論から導かれるアイデアを伝えたいのです。

四つの存在次元理論からのアイデア

では、そのアイデアとはなんでしょうか。詳細は本書を参照していただきたいのですが、結論だけいくつか選んで紹介します。

  • 生物進化史を踏まえると、随意に動かせる組織(体壁的組織)と意識せず勝手に動く組織(内臓的組織)の違いがきわめて重要である
  • 認知の二重システム理論(本能と理性、いわゆるシステム1・2)は、三重システム理論に改変するべきだ
  • 意識のはたらきには、記憶を含めて考えることが重要だ、という立場で意識の理論を展開
  • 「動物意識の擬人化(たとえば、脅威を感知した動物の行動をみて、怖がっていると推論すること)」は、科学の方法に持ち込むべきではない
  • 脳内には思考のみに使われる「思考の言語」があり、意識はそのもとで生成する(メンタリーズ理論)

これらの結論に至る際に重要なことは「生物の意識は進化の過程で段階的に獲得されてきた」「認知と意識は別物」という二つの考え方です。本書にはこの2点が通底していることを心にとめて読んでいただけると、より理解が深まります。

本書のメッセージ

最後にもうひとつ、ここで紹介したい本書のメッセージがあります。それは、科学の方法にこだわりたい、という著者の信念です。意識や人間存在については、実験によらずに思弁的に考察することも大いに可能だし有意味な結論を得ることもできますが、あくまで本書の主題は、意識を科学の対象としてとらえ、現代の生物学から適切に説明することにあります。

デカルトの心身二元論を代表として、これまで多くの思想家が、人間は心と体という分離可能な二つの構成要素からなる、と考察してきました。一方で心理学の行動主義学派は、そのような二元論を疑問視し、心は存在しないという前提で体系を打ち立てることを目指しました。しかしどちらの立場も、心(あるいは魂)は体と異なるものという前提をもつことになり、そうすると心や意識を科学の方法でとらえることはできなくなってしまいます。本書には、そうした二元論的なものの見方を越えて、観察可能な現象を通じて、すなわち科学の方法を通じて心や意識を理解できるようにしたい、という考えが色濃く反映されています。著者ルドゥーは、このような考えにもとづけば、現在「意識のハードプロブレム」とよばれている問題は解決可能だ、と記しています(その理路は、本書の第20章をご覧ください)。

ここまで紹介した内容は、本書のエッセンスのほんの一部にすぎません。本書は、意識研究分野のシステマティック・レビューのような網羅性と、アイデアのオリジナリティーの二面を備えた優れた書籍です。専門家ではない一般読者にも読みやすいように書かれたものなので、人間の意識に関心があればどんな方でも、おもしろく感じられる記述が見つけられるはずです。ぜひ書店でお手にとってご覧ください。
(編集担当:武石良平)