試し読み! チャーチル『[完訳版]第二次世界大戦』
第1巻『湧き起こる戦雲』[8月10日刊]より抜粋
2023年8月9日
大戦後間もない1948年から54年にかけて原著が刊行され、政治家チャーチルが1953年にノーベル文学賞を受賞するきっかけとなった全6巻の大著を、全面新訳する企画がこのたびスタートします。
日本では、同じく戦後すぐの1949(昭和24)年から55(昭和30)年にかけて、毎日新聞社の翻訳・出版で刊行されて以来、74年ぶりの新訳です(現行の河出文庫ほかは縮約版)。みすず書房では、チャーチルの右腕だったイーデン、および盟友のドゴールやアイゼンハワーの回顧録も刊行しており、その系譜に連なる書籍です。キッシンジャーからスタインベックまでを手がける名手・伏見威蕃氏の達意の訳文で、ぜひチャーチルの“肉声”を感じてください。ゲイリー・オールドマン主演の映画「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」(日本公開2018年)も記憶に新しく、直近では7月3日(月)にNHK総合で「映像の世紀 バタフライエフェクト:チャーチルVSヒトラー」https://www.nhk.jp/p/butterfly/ts/9N81M92LXV/episode/te/Q327NLL6J2/が放送されるなど、チャーチルへの関心は衰える気配がありません。
演説の名手として知られた人物らしく、随所に散りばめられている英国風の皮肉と諧謔に満ちた表現や、レトリックを駆使した演説は読む者を魅了しますが、あくまでチャーチル個人の見立てに基づいているため、特定の人物や事象に対して、「それはちょっと言い過ぎでは…」とか、あるいは「それは違うのでは?」と感じる部分もあるかもしれません。ノーベル文学賞に輝く宰相の名著だからと鵜呑みにせず、ぜひ適当にツッコミを入れつつ、著者との対話を楽しんで頂けたら幸いです。チャーチル自身も「評価は甘んじて受ける」と序文で述べています。さらに、インドの地位をめぐって、著者とは立場を異にしていたガンディー(『わたしの非暴力』)やネルー(『父が子に語る世界歴史』全8巻)の著書も、近年、小社より新装復刊しておりますので、読み比べて頂くのも一興です。
本書の企画の準備をはじめたのが、3年近く前の2020年秋のこと。その頃は、よもやヨーロッパが現下のような状況になろうとは、予想していませんでした。本書を読んでいると、地名や出来事から、かの地で進行中の争乱を想起せずにはいられませんが、著者の次の言葉にあるように、状況を打開する道筋を見つける一助ともなればと念願しつつ、編集作業を進めています。
ある日、ローズヴェルト大統領が、この戦争をどう呼ぶべきか、公に提案を求められたと、私にいった。私は即座に“不必要な戦争”だと答えた。前回の長期戦によって甚大な損害を受けていた世界を破壊し尽くしたこの戦争は、どんな戦争よりも容易に阻止できたはずだった。数億人が苦難と犠牲を強いられ、正当な大義が勝利を収めたあとも、平和や安全保障を確保できず、せっかく乗り越えた危機よりもさらにひどい危機の罠にはまったとき、人類の悲劇は頂点に達した。過去について熟慮することが、今後の歳月の指針となり、新しい世代が何十年も前の過ちを修復して、人間がほんとうに必要とする物事と栄華に則り、未来におぞましい光景がくりひろげられるのを抑制することを、私は心の底から願っている」
(著者の序文より)
(編集担当 三村純)