みすず書房

新刊紹介

太平洋に浮かぶ真珠の首飾りから大国への「通牒」

2023年3月10日

小学生のころ『もののけ姫』などのジブリ映画を見て、授業で習った環境問題が急に現実的に感じられて怖くなった時期があった。図書館で生態系破壊や公害の本を読み、スーパーに並ぶシャンプーの成分表示で界面活性剤の有無をチェックしたり、ノートに書く字を小さくして紙の節約を試みた。家では油汚れが落ちる洗剤やラップの禁止などを提案したが、激務の母に却下された。気候変動については幼心に「このままでは何か怖いことになる」と感じていたが、その恐怖のピントの合わなさは、「南極の氷がいずれ溶ける」とか「100年後に平均海抜90センチ上昇」といった具体的なニュースを見ても、さらに大人になってからもあまり変わらなかった。ほかの環境問題より日々の変化が目にみえづらいし、毎日のように別の怖いニュースを目にもする。

キジナーの詩を読むと、そういう感覚は特権的な、あぐらをかいたものだと痛感する。キジナーの出身国マーシャル諸島をふくむミクロネシアの島国は、温暖化があと二度進むと、国土が水没していくといわれている。単に物理的な損失だけではない。「この島々を失えば/わたしたちはもう/わたしたちではなくなる」(「伝えて」より)。

マーシャル語にはもともと書き言葉がなかったこともあり(現在はアルファベットを基にしたものを用いる。キジナーは英語話者で、本書も英語で書かれている)、当事者の人びとが気候変動についてどう感じているかは、今までほとんど紹介されてこなかった。それは偶然ではなくて、「摂氏二度」という詩が描くように、気候変動会議で指標を決定するのは英語を話す白人の科学者たちだったし、ニュースになるときは大国の「みんなが聞きたいこと」だけが報道されてきたからだ(「ジャーナリストがやってきた」)。もちろん小学生の私がアクセスできるような本もなかっただろう。大企業が掲げる「SDGs」という単語入りの宣伝文などに疑問を感じたら、まずはキジナーの言葉に耳を傾けてほしい。

こういういびつな構造は、気候変動に限ったことだけではない。植民地化や占領などで、常に海の外からやってきた人びとが資源を搾取してきたこと(日本軍も一時滞在した)。マーシャル諸島はビキニ事件でも深刻な被害を負ったが、世界の視線や治療のための資源は日本の第五福竜丸に集中したこと。日本は同じ被ばく国で島国だから、と安易に連帯や共感など絶対にさせてもらえないような歴史も含め、当事国の視線で語られている。毎日いろんなニュースがあるが、「強者」にとって都合のわるいもの、見えづらいもの、「弱い」当事者の声が伝えられにくいというのは同じだと思う。先日も、第五福竜丸の記述が広島の教材から消されるという報道があったばかりだ。

本書の魅力は、小学生の私でも理解できたであろうほど明快に諸問題を表現しているだけではない。女系社会マーシャルにおける女たちの会話や、全編をとおして何度も描かれる海、カヌー、空のモチーフから想像されるマーシャル文化が持つ明るさ、たおやかさがあるのだ。詩集のタイトルどおり彼女たちは、ものごとを受け止めながら前を向き、大切なものを入れたかごを開こうとしている。

最後に…。キジナーの朗読スタイルは、詩集から想像するよりもおそらくパワフルです。ウェブサイトから朗読の様子やマーシャルの映像が公開されているので、気になる方はぜひご覧ください。
https://www.kathyjetnilkijiner.com/videos-featuring-kathy/