神谷之康「監訳者解説」(PDF、351KB)
「良い習慣」「悪い習慣」と言われて思い浮かぶような行動――たとえば、飲酒・喫煙、日常的な運動習慣など――は、「習慣」と定義づけられる行動すべてのなかの、ほんの一部にすぎない。乗り物の運転や通勤・通学、朝のルーチンなど、普段生活するうえで無意識にとる行動も、習慣的行動と考えてよい。運転や通勤などの際の行動を一つ一つ分解すると、複雑な動きや判断がところどころに含まれている。私たちはこれを習慣として身に付けることで、いちいち複雑な判断をせずにすみ、スムーズに生活することができているのだ。こうした習慣的行動が、簡単になくせてしまうとしたら、毎日の生活は混沌としたものになっていくだろう。
だから、本トピックス・ページのタイトル「敵か、味方か」という問いに答えるなら、味方と答えるのがよいだろう。とはいえ、時には習慣的行動が本人の健康や福祉を損なってしまうことも事実であるから、敵ではない、とはちょっと断言しにくい。
こうしたアンビバレントな側面も含め、本書で展開されるのは「習慣とは何なのか」という問いを、科学的研究に基づいて分析して定義づける議論であり、そしてその理解を踏まえたうえで私たちに何ができるのか、を探る議論である。したがって残念なことに、本書には「習慣を変えるための簡単なコツ」は書かれていない。しかし、本書に書かれた習慣に関する確かな知識は、本当に効果的な手立てを考えるヒントとなるだろう。
神経科学や心理学は、この数十年で盛んに研究され、きわめて多くの論文が出版されてきた。しかし近年になって、過去に発表された研究成果が、うまく再現できないという報告が目立ち始めている。本書の著者であるポルドラック氏は、神経科学・心理学分野のこうした現状に危機感をもち、積極的な発信を行っている研究者の一人である。本書の記述の端々に見え隠れするポルドラック氏のこうした危機意識も、本書のもう一つのみどころである。