みすず書房

新刊紹介

日本の記者が探る「アメリカの民主主義」の実像

2022年10月26日

「貿易摩擦 根底に国内の格差拡大」。こんな見出しの新聞記事を目にしたのは、2年前の2020年9月のこと。ちょうど邦訳版を準備していた本の共著者、マイケル・ペティス氏とその新著『貿易戦争は階級闘争である』(原題:Trade Wars Are Class Wars)に関するくわしいインタビューでした(20年9月18日付「朝日新聞」)。未邦訳の本に関心を持つ日本のジャーナリストがいるのを頼もしく感じ、翌21年5月に翻訳書(小坂恵理・訳)を刊行する際、インタビュアーだった青山直篤記者に巻末解説をお願いしたのが、今回の新刊『デモクラシーの現在地』が生まれるきっかけでした。

青山記者は、2018年4月から今年の3月まで、経済・通商分野を主に担当する朝日新聞の特派員としてワシントンDCに駐在しました。その間、トランプ大統領が発動した米中「貿易戦争」から、コロナ危機、バイデン政権への交代をへて、ロシアのウクライナ侵攻に至るまでの4年間を、アメリカ各地をめぐりながら伝えてきました。現地で出会ったさまざまな出来事や人々の肉声が、本書にはつぶさに記録されています。

トランピズムから人種差別問題まで、米国社会の深刻な分断を描く本や報道はあまたありますが、そうした〈断層〉を超えて、新たな社会や産業の形を模索する人々もたしかに存在します。たとえば、ウェストバージニア州のさびれた旧炭鉱街を観光地として甦らせようとする人々や、河港プロジェクトに挑む全米一人口の減ったイリノイ州の小さな町など。そうした〈草の根〉の人々を全米各地に訪ね、一方で、先のペティス氏をはじめとする多くの識者や政府当局者たちの俯瞰的な〈鳥の視野〉をも加味して、米国の弱みも強みもディープに掘り下げている点が、類書にはない本書の特長です。

本書の柱になっているのは、朝日新聞デジタル版に連載された「断層探訪 米国の足元」です(20年6月-21年11月)。その他、同紙のオピニオン欄に掲載された識者インタビューや大小さまざまな現地発の記事もベースにありますが、それらの単なるまとめではなく、抜本的に改稿・再構成し、新たな情報も踏まえて深められていますので、紙面で記事をご覧になった方にも、きっとご満足頂けると思います。また、青山記者は10月に開催された「朝日地球会議 2022」にも出演し、本書にも登場するB・ミラノヴィッチ氏などに新たにインタビューしたほか、他の出演者とも対談しています。4月から東京に戻り、現在は朝日新聞の次長(デスク)として、日々の紙面づくりを担っています。
(「朝日地球会議2022」の詳細はこちら https://www.asahi.com/eco/awf/

先のペティス氏のほかにも、取材相手としてみすず書房の著者が何人も登場します。『資本主義だけ残った』のB・ミラノヴィッチ氏、『第三の支柱』のR・ラジャン氏、『絶望死のアメリカ』のA・ディートン氏、『アメリカの世紀と日本』のK・B・パイル氏などなど……。これらの著者の本を読まれた方、あるいは未読だけれどご興味がある方には、本の中身とも密接にかかわる話が出てきますので、関心をさらに深めていただけるのではないでしょうか。新聞掲載時には盛り込めなかった、彼らの魅力的な素顔を伝えるエピソードも散りばめられています。

さらに、本書のテーマであるアメリカの「民主主義」を語るうえで欠かせないのが、19世紀フランスの思想家A・トクヴィルの観察記『アメリカのデモクラシー』(松本礼二訳、岩波文庫)です。米国滞在中に、たびたびこの古典を紐解いたという青山記者は、随所でこの本に言及しつつトクヴィルとの対話を重ねていきます。その思想の流れをくむH・アーレントの『革命論』や『全体主義の起原』にまで、思索は広がっていきます。現代の事象と古典との往還から生まれる深い考察も、本書のユニークな特長です。

余談ながら、本の執筆にあたってトクヴィル理解をさらに深めたいとの思いから、今年7月に斯界の泰斗である宇野重規・東京大学教授に青山記者の取材がかない、それに編集者として同行しました。奇しくも、東大の研究室に伺う直前に、安倍晋三元首相銃撃のニュースが飛び込み、皆どことなく緊迫した気分のまま、インタビューが進んだ記憶はいまも鮮明です。青山記者はその直後に事件現場に飛び、当時補佐を務めていた「天声人語」のために現地を取材しました。その際に見聞したエピソードも、本書の終章に盛り込まれています。

この4年間のアメリカと世界の変動を振り返り、来月に迫る中間選挙の行方を見通すために。さらに、「存在の根幹にアメリカが深くかかわる国」日本の針路を探るためにも、示唆に満ちた深層報告です。