みすず書房

新刊紹介

健全なナショナリズムが育まれる可能性

2022年10月11日

本書『欧化と国粋』は米国での原書刊行が1969年。当時、弱冠33歳の米国人日本研究者が博士論文をもとに書き上げた、優れた学術成果であった。日本語版は1986年に社会思想社から刊行され、2013年には講談社から文庫版が出たが近年は絶版となっていた。このたび小社からお届けするのは、講談社学術文庫版に若干の訂正を加え、新たな「訳者あとがき」を付して復刊したものである。

著者ケネス・B・パイルについては、『アメリカの世紀と日本』を小社から2020年に刊行している。米国覇権下で自国のアイデンティティ形成に行き詰まりつつも、したたかに生きた日本の姿を描く歴史書である。一方で『欧化と国粋』は、欧米列強に対峙し「日本は完全に欧化するべきなのか、それとも日本の伝統を守るべきなのか、この国はどんな国であるべきなのか、何を誇るべきなのか」という、国を二分した明治新世代の激論をテーマとしており、執筆時期に50年もの隔たりがありつつ、両著には姉妹本とも言える側面がある。『欧化と国粋』を少部数ながら復刊するに至ったのには、当時の議論の真摯さと白熱ぶりは今の日本の状況から見ると驚くほど新鮮で、さまざまな意味でもっと注目されていい歴史ではないかという思いとともに、両著はぜひ併せて読んでもらいたい、という思いがあった。

両著にはまた、日本の潜在力や可能性をその歴史のなかに読み取り、肯定的な評価を与えているという共通点がある。『アメリカの世紀と日本』では戦後に民主主義を推進した一般市民の意志や運動であり、『欧化と国粋』では保守派と進歩派の論争から健全なナショナリズムが育まれる可能性であった。それらはいずれも、私たち日本人自身があまり評価してこなかったことだ。不思議な現象だが、私たちは自信を持つべきところを間違えている、ということなのかもしれない。

『欧化と国粋』が描いた健全なナショナリズムの萌芽は、排外的で独善的な国家主義に飲み込まれて消滅し、歴史は日中戦争、太平洋戦争への道をたどった。戦後はそうした議論自体がナショナリズムへの警戒から忌避されてきた面があるだろう。しかし今、その反動なのか、排外的な国家主義への志向がよみがえる一方で、健全なナショナリズムを育みそうな議論は興る気配がない。この流れはどこに向かうのだろうか。この国の潜在力が何で、その源泉が何だったのかを本書で発見することの意味は、かつてなく大きいように思われる。