みすず書房

新刊紹介

今知るべき中東情勢を知りたい読者に

2022年12月9日

本書は雑誌『みすず』での連載などに書きおろし一篇を加えて一著としたもので、『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』(2016年1月刊)の続編にあたる。両著あわせるとちょうど10年分の中東情勢をカバーしており、時評集というカテゴリーから連想される以上の内容を備えている。一般的に時評集というのは、時間に余裕があったら読むものというか、プラスアルファの位置づけで、情報や知識を得るための実用的な本より優先順位が落とされがちだ。しかし本書は、今知るべき中東情勢を知りたいという読者にこそお勧めしたい。一見手っ取り早く見える「解説」という形では、彼の地で起きていることは読み手のなかになかなか蓄積されないということが、本書をとおして感じられると思うからだ。

一般的な中東への関心は、なにか事件があれば高まり、あとは忘れるということを繰り返してきた。たとえば「アラブの春」の盛り上がりには、当時から冷ややかな視線を向ける人々があったが、運動が挫折すると、期待を寄せていた人々も言うべき言葉を失い、関心が薄れることへの抵抗もなくなっていった。しかし中東研究者は、もちろんその間も中東を見つめ続ける。たんなる研究対象としてではなく、彼の地の人々との関係や交流、教育者としての活動、なんども繰り返される挫折を共に耐えることをとおして。本書には、苦しいことばかりだけれど中東研究は「それでも楽しい」というメッセージが慎ましく流れている。「それでも」というのがどういう意味なのかについては、ぜひ本書を読んでいただきたいが、著者のそうした実感に触れることは、読み手の中東への関心の持ち方に変化を起こすのではないかと思う。

もうひとつ、中東への関心に変化をもたらすかもしれない要素があるが、それは世界中が経験している権威主義体制の興隆である。中東の民主化への努力は、もう他人事ではない。さらに本書の最終章に置いたウクライナ戦争を論じた一篇は、「世界の矛盾を見渡す場所」としての中東研究からの渾身の問題提起となっている。中東の「春」は、単独ではやってこないだろう。世界の矛盾が徐々に減っていかないかぎり。だから「どこにいった」も、彼の地の人々の代弁としてではなく、わたしたちが当事者として叫ばなければならないのではないか。本書を読むと、そんな風に思えてくるに違いない。