「ふところが 寒いもともと キャッシュレス」(船橋ブンさん)
先日発表された2022年サラリーマン川柳の「優秀100句」のなかに、こんな句がありました。電子マネーなどを使ったキャッシュレス化は日々の暮らしに浸透しつつありますが、肝心の「ふところが寒い」のではさびしい限り。こうして薄給を嘆いてみせるのは、サラリーマンのお決まりのあいさつですが、では、多くが給与生活者である私たちは、「ふところ」の元手が決まるしくみについてどれだけ知っているでしょうか。自分の経験や職種、会社の業績などによって、なんとなく決まっているとは思っていないでしょうか。
そうした疑問を持ったのが、本書の著者であるアメリカの社会学者ジェイク・ローゼンフェルドです。さまざまな業界で働く1100人のフルタイム・ワーカーと161人の経営者・人事責任者にみずから調査を実施し、そのほか近年の研究や報道も参照しながら、個人の経験や職種、会社の業績などが市場メカニズムで調整され、給与が客観的に決まるという世の中の「神話」を解体し、「誰がいくらをなぜもらうのか」の実際のしくみに迫っていきます。著者が採用した分析視角は、「権力」「慣性」「模倣」「公平性」の4つ。これらの言葉に少しでもピンと来る方は、本書からさらなるヒントを得られるかもしれません。
おもしろい事例が多数紹介されているなかで、個人的に発見だったのが、給与交渉の実態についての記述です。アメリカは昇進や転職の場で個々人がみずから給与交渉をするオープンで実力本位の社会、という印象があったのですが、実際は勤務初日に条件を提示されて、ノーが言えない状況で契約書にサインを求められるケースも多く、決して実力だけではない現場の力関係を垣間見ることができました。そのほかにも具体的な事例にもとづく明快な分析が多く、日本と比較しながら学びを深めることができます。年功序列型賃金制度を著者が高く評価していたのも新鮮でした。コロナ禍で注目されるエッセンシャルワーカーの置かれた状態、その改善策についても語られます。
「給料はその人の自尊心に密接に結びついているので、給与に関する議論はヒートアップすることが多い。だが、著者が言うように、怒りを特定の人間に向ける必要はない。変えるべきはしくみである」(「訳者あとがき」より)
本書はアメリカでの事例を主に取り上げていますが、ほかの先進国に比べて賃金が低迷していることが盛んに報じられ、賃上げ論が盛り上がる日本にとっても、示唆に富む議論が多く含まれています。ぜひこの機会にご一読ください。