中国の国共内戦、日中戦争、第2次世界大戦は、多くの場合それぞれを単独で扱う格好で本が書かれるため、なかなか横のつながりや全体像が見えてこない。もしくは、見えていないことが気にならなくなっているのかも知れない。本書はそれを解消する試みであり、かつ、それを軍事研究からやってみようというユニークな本である。さらに日本語、中国語、ロシア語、そしてアメリカ人著者の母語という4か国語の史料を駆使しており、各章の冒頭には中国の故事成語がかかげられている。著者の狙いをそこはかとなく伝えて興味深いので、以下に章タイトルとともに列記してみたい。
第1部 恐怖と野心――日本、中国、ロシア
「飲鴆止渴」(急場しのぎに汲々として、のちの大難を顧みないこと)
第1章 序論――第2次世界大戦のアジアにおける起源
「天災人禍」(自然災害と戦争)
第2章 日本 1931~36年――ロシアの封じ込めと「昭和維新」
「順水推舟」(時流に乗ること)
第3章 中国 1926~36年――混沌、そして天命の探究
「苦撐待變」(好機をうかがうこと)
第4章 ロシア 1917~36年――迫り来る二正面戦争と世界革命
「坐收漁利」(労せずして戦利品をせしめること)
第2部 多重戦争――世界戦争のなかの地域戦争、地域戦争のなかの内戦
「借刀殺人」(他人の力を使って相手を倒すこと)
第5章 1911年、中国の長い内戦の始まり
「話說天下大勢、分久必合、合久必分」(天下の大勢、分かるること久しければ必ず合し、合すること久しければ必ず分かる)
第6章 地域戦争――日中戦争
「得寸進尺」(飽くことを知らないこと)
第7章 世界戦争――第2次世界大戦
「孤注一掷」(一か八かの勝負に出ること)
第8章 長い内戦の終幕
「一山難容二虎」(強大なライヴァルどうしは共存できないこと)
第9章 結論――地域戦争の序幕、世界戦争の終幕としての内戦
「轉戰千里」(絶え間ない戦争)
目次が日本、中国、ロシアの順番になっているように、なかでも日本についての記述は厚く、その大戦略なき作戦、いわゆる失敗の本質についての分析も深い。中国内戦についての詳述は、日本では意外にもまとまった文献が少ないことを補っている。そして、ロシアへの著者の評価は厳しい。
冒頭で書いたように、本書は軍事研究の視点から書かれた本である。その軍事研究とは、そもそもなんだろうか。戦争で勝つための学問だろうか。究極的にはそうなのかもしれない。しかし著者が言うように、「ひとたび起きると取り返しがつかなくなることを考えれば、戦争についての理解を深めることは重要である」だろう。一方で、軍事研究から見た歴史観にも課題はありそうだ。たとえば、著者は広島と長崎への原爆投下擁護論者である。アメリカ側から軍事的に見ればそのような結論に至るのかもしれないが、これはどう受けとめたらよいのだろうか。
本書の帯の背に「何が達成されたのか」と記した。軍事的、政治的、経済的、その他の達成が考えられるが、仮に成果があったとして、戦争でもたらされた成果とはいったいなんだろうか。それが本書の付きつける大きな問いであるような気がした。日本はおそらく、ほとんど何も達成できなかった。では中国はどうか、ロシアはどうか。アメリカは、戦勝国としては当然何かを達成したと考えられるが、はたして本当にそうだろうか。本書の論点はつきない。