ジェレミー・ホームズは、1943年にロンドンのユダヤ人家庭に長子として生まれた。妹がふたりいるようだ。キリスト教の文化で育ち、仏教的な倫理観を身につけ、無神論者を自認している。父親は、ニュースキャスターや俳優として活躍し、詩人としても活動していた。ホームズは、両親の本棚にフロイトの『精神分析入門』が収められていたことをよく覚えている(Holmes 2014b)。
自然科学への関心を強く抱いていたホームズは、ケンブリッジ大学キングス・カレッジに進学した。その後、生活費を稼ぐ必要性と精神的に苦しむ人たちへの思いやりの念を理由に、医者になることを目指した。その当時、1960年代は、R・D・レインやD・クーパーらによる反精神医学運動が盛んな時代であった。実際、レインの著書やクーパーの講演に感化され、ホームズは精神科医になることを決意したらしい。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で臨床を学び、マイケル・バリントやハインツ・ウルフらに薫陶を受けた。一時期は内科診療に従事するが、本格的に力動精神医学に関与するようになった。
UCLやノース・デボン・ヘルスケアにてコンサルタント精神科医や精神療法医として長らく実践を積んだが、現在は一線を退いており、エクセター大学心理学部の客員教授として後進指導に携わっている。また、心理療法家として個人開業し、本書をはじめとした執筆活動にも精を出している。精神医学や精神療法に関する教科書的な書物(Holmes 2001a, 2003)だけでなく、アタッチメント理論や実践に関する著述(Holmes 1993, 1996, 2001b)も多く、2009年には、アタッチメント理論への貢献が認められ、「ボウルビィ=エインズワース賞」を贈られている。
その臨床スタイル
本書執筆後、ホームズは「親密性」を主軸に据えた新著を多数上梓している(Holmes 2014b, 2020; Holmes & Slade 2018)。より一般的で応用性の高い臨床スタイルを「アタッチメントに裏打ちされた(インフォームド)」視座から記述しており、カール・フリストンの「自由エネルギー原理Free Energy Principle」という新たな神経科学パラダイムとの接続も模索しているようだ。その知的好奇心は尽きることがないらしい。
ホームズは自身のことを、フロイト原理主義者ではなく、医師・精神医学者・精神分析的心理療法家として規定する。精神分析家になろうとせず、あくまで統合的・折衷的な心理療法家でありつづけている。そこには認知行動療法や心理劇、家族療法などの影響もある。死のような実存的主題に対しては、精神分析でもアタッチメント理論でもなく、「仏教思想」によるアプローチが相応しいのではないかとも考えており、きわめて柔軟な実務家の顔をのぞかせている。
ホームズは、影響を受けた人物として、ジョン・ボウルビィに加えて、レインやバリント、ライクロフト、ジョナサン・ペダーらを挙げている。このリストの人間に共通するのは、精神分析原理主義ではないという点だろう。ライクロフトは最終的に国際精神分析協会を脱退したし、バリントやペダーは精神分析を一般の臨床現場に応用しようと苦心した。ボウルビィも、実証的で科学的な思考を重視したために、同僚のあいだでは「目の上のタンコブ」であった。
詳細は不明であるが、ホームズ自身が助けを必要としたことを理由に、チャールズ・ライクロフトから精神分析を受けることになった。ライクロフトは英国の中間学派に属する分析家で、先のレインの分析担当者でもあった。ライクロフトは「想像性」を重視し、その独自の視点から夢や臨床現象を探索した。ホームズは、ライクロフトの分析に不満を抱いていたらしいが(あまりにも支持的すぎて、探索的要素に乏しかった)、基調とする理論的な立場を引き継いでいる。彼が詩歌に代表される文化的営みを想像性の視座から眺めて、心理療法と接続させているのは(Holmes 2014a)、このような「ライクロフト派」の伝統であるのかもしれない。
以上のように、ホームズは、きわめて実践的な考えをする臨床家であるらしい。それは彼自身がパーソナリティ障害を多くみてきたという臨床経験に由来しているのかもしれない。困難例に対処する場合、心理療法家は治療プロセスに十分コミットできるようにするため、社会的・福祉的・生活的なサポートやマネジメントをしてくれるワーカーとペアになって事に臨むことをホームズは推奨している。精神分析の伝統や慣習よりも、クライエントや患者のニードを最大限に汲み取る形で臨床を実践しており、比較的低頻度でのセッション構造も提供している。その姿勢はまさに「一般心理療法開業」と呼ぶに相応しいだろう。
ちなみに、彼自身が強く推薦する書物として、フロイトの『精神分析入門』(新潮社など)、レインの『ひき裂かれた自己』(みすず書房/筑摩書房)、ウィニコットの『遊ぶことと現実』(岩崎学術出版社)、バリントの『プライマリ・ケアにおける心身医学』(診断と治療社)、エリクソンの『幼児期と社会』(みすず書房)、ボウルビィの『母と子のアタッチメント:心の安全基地』(医歯薬出版)、マランの『心理療法の臨床と科学』(誠信書房)などを挙げている。なるほど、どれも一級品なので、未読の方はぜひ読んでみることをオススメしたい。
Copyright © TSUTSUI Ryota 2021
(筆者のご同意を得て抜粋転載しています)