「自由の国」アメリカの経済の、「自由市場を諦めた」かのような姿
著者が博士号を取得するためアメリカに渡ったのは1999年のこと。ノートパソコンは母国フランスより少なくとも30%は安く購入できた、と体感しています。インターネットや航空券も驚くほど安く利用できました。ところが、その後20年で、インターネットや携帯電話の料金はヨーロッパやアジアよりも高くなり、コンピューターもほぼ同額になってしまいました(5)。『競争なきアメリカ』はこのような失敗の背景を探り、「自由の国」であるはずのアメリカ市場で競争が適切になされなくなったことを暴いています。「世界的企業が切磋琢磨することで豊かな経済を実現しているアメリカ」像と、迷走する経済(政策)を報じる大量のニュースとのギャップを理解するのに、本書は必読です。
政治とカネの結びつきを描く
企業が政治家に激しいロビー活動や資金提供を行ったことが市場をゆがめる政策をもたらした、というのが本書の主張です。一見するとわかりやすい議論にも思えますが、証明するのが難しいのがこの手の話の常。お金の流れが外からは見えづらくなっているのはアメリカも同じです。「政治」と「カネ」の結びつきを暴く手さばきにも注目です。まずは、2016年の大統領選挙でドナルド・トランプ氏、ヒラリー・クリントン氏がそれぞれ費やした費用を示す、本書表10.2をご覧になってみてください(表中の金額は100万ドル単位)。
21世紀のテック系スター企業は経済に貢献しているのか
原書Great Reversalが出版された当時のアメリカ大統領はトランプ氏。邦訳が刊行された2025年、同氏は大統領の地位に返り咲きました。2回目の就任式で注目を集めたのは、グーグル、アップル、メタ(フェイスブック)、アマゾンなど、巨大テック大手の創業者・CEO。新政権の閣僚よりも前列をあてがわれるという、破格の厚遇を受けたことが報じられました(6)。新興テックのスターたちは、いまや、アメリカや世界の経済に巨大な力を及ぼしているように思えます。ところが、「巨大なテクノロジー企業がアメリカ経済の柱であるという考えは、明らかに間違っている」と著者は指摘します(7)。その真意は本書第4部で確かめてください。
投資、生産性、経済成長、賃金と、それらに競争と政治が及ぼす影響、という難題に挑む著者の信条は徹底したデータ主義。逸話や直感に依存した議論をしりぞけ、「まずはデータを見る」必要を強調します。本書にも、テック企業がロビー活動に費やしてきた金額の推移(図14.1)など、インパクトのある事実を紹介する70以上の表・グラフが掲載されています。もっとも『競争なきアメリカ』は単なるデータブックではありません。「もし経済学者が社会の役に立とうとするなら――非現実的な仮定だと付け加える者もいるだろうが」(8)という茶目っ気ある著者の語り口、そしてそのサービス精神の裏にある、読者に事実を伝えたいという熱意こそが、最大の読みどころです。
注
- 「なぜいまフランス人経済学者がアメリカで人気を集めるのか」『クーリエ・ジャポン』 https://courrier.jp/news/archives/185804/(最終参照日2025年3月18日、以下同)
- 「自由市場をあきらめた米国 ピケティの盟友からの警告」『朝日新聞』 https://www.asahi.com/articles/ASN9Z5CR1N9ZUHBI004.html
- 「識者に聞く①「広がる寡占、米経済の重荷に」『日本経済新聞』 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN22EKI0S1A021C2000000/
- 『通商白書2020』 https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2020/index.html
- 本書「序論」
- 「グーグル・メタ・アップル… トランプ大統領就任式、CEOを好待遇」『朝日新聞』 https://www.asahi.com/articles/AST1N14MNT1NDIFI005M.html
- 本書第6章「 星を見上げて――トップ企業は本当に違うのか」『競争なきアメリカ』
- 本書「はじめに」