ここに記すのは、全国に散らばるER(救急室)の医師のあるグループが交わした一連のテキストメッセージだ。
2020年2月28日
LA: そう、みんなをカッとさせるとんでもないコロナウイルスの話がある。韓国から帰国したばかりの四人家族が、発熱と咳の症状を示した。四人が韓国で接触した近親者は、コロナで入院してる。CDC(疾病予防管理センター)は何を勧めたと思う?
DE: 検査はするな、とか?
SE: 知りたくないな。
KB: 新しい指針では検査しろと
LA: はは、そう、検査はするな
WS: やっぱり。誰の検査もしたくないんだ。
うちの職場でもそういう例がたくさんある
毎回[保健局に電話するたびに]、検査はするなと言われる。
BX: 症例はないと言いたいなら、症例を探さないのがいちばんというわけ。
2020年3月2日
WS: ■■病院で新型コロナの症例が出た
KB: マンハッタンでは二例め?
WS: 初めて[検査で確定した症例]だと思う
SE: NYC(ニューヨーク市)やLA(ロサンゼルス)ですでに蔓延してないと考えるほうがどうかしてる。
誰も検査をしてないだけだ。
2020年3月5日
ES: ■■病院で[も]一例出た
KB: 市中感染について検査した人はいる? NYC保健局は今のところ、既知の接触者か旅行時のリスクについてのみ検査してる。
QS: ああ、[うちでは]市中の検査はまだしてない
BX: 現時点ではNYC内で曝露する可能性のほうが高いのに、ばかみたい
ES: そこが笑えるところだね
HO: 宇宙飛行士の募集が、usajobs.gov〔訳注:公務員の求人情報を掲載するアメリカ政府のウェブサイト〕であしたから始まるよ。地球から脱出したい人は要注目
2020年3月11日
ES: ここでも始まってる
呼吸不全で挿管寸前。両側間質性肺炎。低酸素性呼吸不全。
数が増えれば大惨事になるだろう
WS: ES、ほぼ確実にそうなる。もう終わりだ。■■病院、■■、■■、うちの病院
ES: うん
KB: 確定したコロナ症例に挿管したところ。
当面の計画では、鼻カニューレが失敗して非再呼吸式マスクが必要になった場合、急速に進行する可能性が高いので、挿管の準備をする
DE: 同じく
WS: とにかく急いで挿管するほうがいいらしい。源流管理だ。
もちろん、ベント(人工呼吸器)やICU(集中治療室)のベッドが不足するだろうが……
KB: 治療方針は変えない、ベントがなくなるまでは
2020年3月20日
KB: 人工呼吸器の配給委員会と電話で話したところ。
QS: 入院させたすべての患者[年齢層はさまざまで、みな入院時に呼吸困難はなかったが、低酸素症や胸部レントゲン写真の問題、年齢など、他の要因があった患者]のフォローアップをしたところだが、およそ90パーセントが今では挿管されてる
JJ: うわっ、尋常じゃないね――ぜんぶコロナ陽性?
QS: そう。しかもわたしの患者だけで。ICUやステップダウンユニットの患者のカルテを確認してたんだけど、ほとんどが同じ状況だった
WH: みんなに会いたいよ……とにかく異常なシフトから抜け出して……今じゃほとんどが陽性だ
KB: ベントを装着した患者を、ひとりも解放してない
「ベントを装着した患者を、ひとりも解放してない」と、友人はメッセージに書いていた。その言葉は核心をついていた。もちろん、必要なのは命を救う者からの解放ではなく抑圧する者からの解放だ。だから、国が医療従事者を英雄として称えるなかで、自分たちを取り巻く実際の状況がはるかに複雑であることはわかっていた。
正しい行動方針がはっきりしないまま、わたしたちは措置を講じようと奔走していた。薬を処方し、介入を行いながら、それが何かの役に立っているのかと疑問を口にした。情報が不足しているからといって、行動する義務がなくなるわけではない。要するに、わたしたちの努力は、ひいき目に見ても矛盾をはらんでいた。患者を病気から救うためにできるかぎりの努力をしたあと、まさにその努力から患者を解放するためにできるかぎりのことをするのだから。
今に始まったことではない。正しい行動方針がはっきりしていて、有用なことと害を及ぼすことの境目が明確な物語が好まれるのだろうが、そういう物語が実体験を反映していたことは一度もなかった。ありのままの物語は、決してきれいな物語ではない。人生の多くの物事と同じように、脚本もなければ、完璧な解決策もなかった。よくあることだが、どうにも手に負えない状況下に置かれていた。
現実はとらえづらく、濃淡があり、微妙な陰影を持つ。常に命を救う者と抑圧する者、両方の役割を演じている。その行動が不完全であることがわかっていながら行動を起こし、行く手に待ち受けるものがはっきり見えなくても前進を続ける。
つまるところ、人生は複雑なのだ。
メッセージを消去し、携帯電話をポケットに戻した。救急室での勤務を終えて自転車で帰宅したところだったが、2020年春の病院に立ち込めていた不安の霧があとをついてきていた。安心感を取り戻すには、まず自分の体と持ち物を入念に消毒しなくてはならなかった。マスクの前面や靴の側面についているか、もじゃもじゃの髪に絡んでいるかはともかく、ウイルスを持ち帰っていることは間違いなかった。
――つづきは書籍をごらんください――
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(著作権者のご同意を得て抜粋・転載しています。
なお読みやすいよう行のあきなどを加えています)