ヒトラーとスターリンはついに直接会うことはなかった。けれども第二次世界大戦のあいだ、二人は濃密な関係にあった。本書は1939年から45年のあいだ、強大な権力をもった最高司令官として、20世紀最大の独裁者が対決した様子をリアルに描きだす。
民主主義を憎み、カリスマ性をもつヒトラーと、強い統率力をもち、味方を容赦なく粛清するスターリン。個人としての性格は異なっていたが、両者の最大の特徴は、自らのユートピアのために地上の地獄をつくりあげたことだろう。
両者が激突した独ソ戦において、間にあるポーランドやリトアニアなどは蹂躙され、夥しい人が殺された。戦闘だけではない。政策によって、多くの命が失われた。象徴的なのが集団強制移住と飢餓政策で、豊かな穀倉地帯であるウクライナでは、飢餓のため400万人近い人が亡くなった。戦争の勝利というより、ある特定の人々の絶滅を目指したようにしか見えないこれらの政策は、長らく闇の中にあったが、いま、歴史研究者によって真相が明るみに出ている分野である。それは現在の終わりの見えない戦争に引き継がれているのではないか。
著者のリース氏は、BBCで長く歴史ドキュメンタリーを制作し、ドキュメンタリーにかんする数々の賞を受賞している。その後BBCを退社してマルチメディア教育ウェブサイトを立ち上げ、番組制作会社LR Historyを設立、数々の歴史書を執筆している。映像も書籍も、一貫したテーマは第二次世界大戦とナチである。
リース氏は、ヒトラーとスターリンのパーソナリティと政治手法の違いを対比しながら、第二次世界大戦の様々な事件を語っていく。それに説得力をもたせているのが、多くの人の証言だ。
本書は、長年の取材で出会った戦争体験者の証言がふんだんに盛り込まれている。秘密警察、ソ連赤軍の兵士、ドイツ国防軍の兵士、兵士に土足で踏み込まれた10代の若者、土地を追われた少数民族、占領地の市民など、敵味方の立場のちがう証言者が、当時のことを生きた声で語る。その声が、戦争とはどういうことかを立体的に浮かび上がらせる。当時取材を受けた人々のなかには、亡くなった人も多いだろう。リース氏が取材をしていた20年間というのは、戦争体験者が証言できる貴重なタイミングであった気がする。
ヒトラーとスターリン、かれらを支える政治家や軍人、民間の人々を語り部として、独裁者たちの第二次世界大戦が明らかになっていく。情報量は多いが、語り口はあくまで明瞭でわかりやすい。良質な歴史ドキュメンタリーのように、第二次世界大戦を、「独裁者の時代」を、いままでにない視点で見せてくれる。
(編集担当 鈴木英果)