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早間玲子さんトークイベント「ジャン・プルーヴェと共に」

2022年11月29日

フランス在住の建築家・早間玲子さんの来日トークイベントが、2022年11月16日、神保町ブックセンターにて行われました。
ここでは当日のお話を振り返って少し記録し、皆さまにお届けいたします。(営業部)

ジャン・プルーヴェと早間玲子

「建築というものに、光を感じた瞬間でした」

講演は早間さんとジャン・プルーヴェの出会いから始まりました。1967年、シャルロット・ペリアンのアトリエでプルーヴェに会い、彼の描いたアルミニウムのファサード設計図を見たとき、早間さんは「光を感じた」といいます。当時プルーヴェは68歳。艱難辛苦に耐えて「人間として完成した時期」でした。プルーヴェと6年4か月にわたり協働した早間さんですが、その人格形成のルーツについて知ったのはずっと後のこと、2001年に刊行されたプルーヴェの回想録を読んでからのことだったそうです。

* 『ジャン・プルーヴェ 自身を語る』(Jean Prouvé par lui-même, Édition du Linteau, 2001)。『構築の人、ジャン・プルーヴェ』に第I部として所収。

ジャン・プルーヴェは画家で職人であった父のヴィクトル・プルーヴェの強い影響を受けて育ちました。ジャン・プルーヴェは、自分の精神の基礎を築いた父は「芸術家ではなく、職人」であったと書いています。自分の仕事が人のために尽くす作品になればいいというプルーヴェの特異な哲学は、ナンシー派としてエミール・ガレやルイ・マジョレーと共に創作活動を行った父のアトリエで培われたものでした。「決して模倣しない」「まず、常に未来を見据えて行動する」という父ヴィクトルたちの哲学は、息子によって自身のアトリエでも実践されていたそうです。早間さんがプルーヴェに地元のナンシー美術館を案内してもらったとき、そこに展示された父の絵画・工芸作品を紹介するプルーヴェからは「父によせる矜恃の念がしっかりと伝わってきました」。プルーヴェの描く線は「天才」と呼ばれることもよくありますが、彼自身は「こんな嫌な言葉はない」と述べたといいます。早間さんは、プルーヴェの創作活動に現れるものは、父からの愛情と教育、そして自身の努力によるものであったことを強調されていました。

外国人が自由に伸び伸びと仕事をできる場所を

「1969年9月1日、夏のバカンスから戻ったばかりのペリアンに別れの挨拶をして、私はプルーヴェのアトリエに駆け付けました」。パリのマレ地区の古い小道ブラン・マント―にある、中二階を設けた10メートル四方のプルーヴェのアトリエが早間さんの職場でした。所員はプルーヴェを含めて4人。「ひとりで、外国人の女性として」働く早間さんは、工場や現場にも出向き、フランス人男性所員と全く同じ待遇を受けていたそうです。時にはプルーヴェたちと一緒に「ウエスタン映画を見てから、トラックの運転手で賑わう庶民的なビストロで夕食をしたのが、楽しい思い出のひとつです」。

当時ジャン・プルーヴェは軽快で美しいファサードの設計でフランス中の人気を集めていて、自身のアトリエでも様々なコンサルタントの仕事をしていました。中でもよく知られるのが、1971年にプルーヴェが、パリ、ポンピドゥー・センターの国際設計コンペの審査委員長を務めたことです。677の設計計画案から、当時のフランスでは初めて、外国の建築家、ロジャースとピアノの設計案が採用されました。しかし当初の計画案が次々と変更され、妨害の策略さえ行われるなか、何度もアトリエに相談に来ていたピアノに対し、プルーヴェはいつも「静かに、優しく、言い聞かせるような声で」話をし、完成までずっとバックアップをしていたそうです。そんな時代を経て「外国の建築家が、のびのびと自由に活躍できるフランスが生まれたということを、知っていただきたいと思います」。

プルーヴェの心を共有して

早間さんは講演の終盤、夜学のエンジニア養成学校であるCNAM(国立工学院)で学生たちに特別に愛情を持って講義をしたプルーヴェのエピソードを語られました。当初は60人だった学生が、のちに400人以上になるほどの人気講義だったそうです。授業が終わった後、学生からの質問に答えるプルーヴェの写真を紹介しながら、早間さんは特にこのプルウーヴェの表情が好きだ、とお話しされていました。

CNAMにおける講義

「最後に非常に重要なことを申し上げたいと思います。ジャン・プルーヴェは、いつも本当に穏やかに、相手の気持ちを分かち合いながら、力強く、静かに、しかもユーモアたっぷりに話されました。…建築という観点だけでなくて、人間としてまことに謙虚で、自然な姿というのでしょうか」。

「私はこの6月に北極に行ってきたわけですけど、北極の空気というのは、澄みに澄んで、これほど美しいものはない。私はふと、ジャン・プルーヴェの雰囲気を思ったんです。あまりにも美しい。本当にこういう人間が、地上にあっていいのだろうかと思うほどの」。

「正直で、正確で、素朴で、質素で、でも一度筆をとると、流れるように美しい線を描く」。

早間さんは講演の最後を「私はパリでジャン・プルーヴェに出会い、本当に幸福であったことをお伝えして、ここに、ジャン・プルーヴェの心を共有して、本日の講演を終えたいと思います」と結ばれました。

70分ほどの講演でしたが、ジャン・プルーヴェの仕事の背景にある精神が伝わってくる、貴重な機会であったと思います。


神保町ブックセンターのサイトでは、当日の講演アーカイブを販売しています(1,000円)。
お申し込みは下記URLをご参照ください
https://jbc1116archive.peatix.com/
* 現在販売中の視聴チケットの視聴可能期間は12月2日まで。12月以降にも追加チケットを販売予定。

また、神保町ブックセンターさんのご好意で、トーク終了後、『構築の人、ジャン・プルーヴェ』について早間さんがお話された部分の動画をこちらに無料公開しております。併せてぜひご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=_77lSWIPEYo